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連載コラム 11年前

カズ、そしてキングファーザーのブラジル――第1回、わかりにくいリーグ構成の謎

三浦知良の父、納谷宣雄。キングの父こと“キングファーザー”に導かれてブラジルサッカーの魅力に引きつけられた筆者が現地で見たサッカーは日本とはあまりにも違うものだった。そこに王国の強さの秘密があるかもしれない。

text by 田崎健太 photo by Kenta Tazaki

次元の違ったパルメイラス

「ブラジルのサッカーは面白れぇだろ?」

 ぼくがブラジルに行ったことがあると言うと、静岡訛りの言葉が返ってきた。目の前に坐っていた男は、三浦知良選手の父親、納谷宣雄さんである。

「どこの試合を見ただ?」

 納谷さんは前のめりになった。

 95年、ジーコが開いたサッカーセンターの取材のため、ぼくはブラジルを訪れた。ジーコのいるリオ・デ・ジャネイロに移動する前、サンパウロで知人がパルメイラスの試合に連れて行ってくれた。

 圧巻だった――。

 監督は後にブラジル代表を率いるバンデルレイ・ルッシェンブルゴ、チームにはエジムンド、ジーニョ、サンパイオ、エバイール――みな日本でプレーすることになる選手がいた。

 両サイドバックが駆け上がり、センターバックでさえも攻撃に参加した。自分たちがボールを持っていれば、守る必要がないとでも考えているようだった。

 パルメイラスの副会長の隣の席がぼくたちに用意されていた。ハーフタイムにこの日、怪我で試合を欠場したという長身の選手が挨拶に現れた。広い額で穏やかな顔の選手だった。柏レイソルを経て、イタリアのASローマでプレーした「ザーゴ」こと、アントニオ・カルロスだった。

 試合は5対0とパルメイラスが圧勝した。強いだけでなく、見ていて楽しいサッカーだった。日本代表は94年W杯アジア最終予選で敗れており、いかに強くなるかに汲々としていた。観客席の反応を見ていると、ブラジルでは強いのは当たり前で、いかに美しく点を取るのかを求めていた。次元の違う世界だった。

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