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ブラジルの至宝、ネイマールはいかにしてサントスに才能を見出されたのか?

text by 田崎健太 photo by Kenzaburo Matsuoka

ネイマールのために新設したカテゴリー

 扉を開けると、左手にサントスのユニフォームにトランプのジョーカーの帽子を被った黒人の選手の絵が目に入る。絵の下が、育成部門のコーディネーター、リマの席となっている。

「ネイマールを初めて見たのは、彼が11才だったかな。父親に連れられてサントスFCにやってきたんだ。彼がフットサルをするのを見て、当時のサッカーディレクターだった、ジットにうちで獲ろうと話をした。

 ジットはこう言ったんだ。“この子の才能は疑いようもない。ただ、我々には彼がプレーするカテゴリーがない”。そこでサントスFCはネイマールを育てるため、13才以下のチームを立ち上げて、私が教えることになった」

 リマもまた伝説の選手である。

 本名、アントニオ・リマ・ドス・サントスは、61年から71年までサントスに所属、65ゴールを記録している。62・63年とリベルタドーレス杯、及びインターコンチネンタル杯を獲得、サンパウロ州選手権では七度優勝。ペレと共にサントスの黄金時代を築いた選手の一人だ。

 サントスの後、メキシコのハリスコ、アメリカのタンパ・ベイでもプレーした。ゴールキーパー以外のポジションはすべてこなすことから、“万能のカード”である「クリンガ」(ジョーカー)という愛称で呼ばれた。ギリシアのパナシナイコスとの親善試合では、一試合で5つのポジションをこなしたこともある。

「私は元々、サンパウロのジュベントスの下部組織にいた。あの当時のジュベントスはブラジルで最も有望な若手選手を輩出するクラブとして知られていた。ジュベントスからサントスの下部組織に移って、プロ契約を結んだ。あの時には、ペレ、ぺぺ(元ヴェルディ監督)、コウチーニョがいた。みんなサントスの下部組織出身だ」

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