なぜカンボジアでプロに? 日本人選手第1号・太田敬人が考える“サッカーと人生”

東南アジアで日本人選手がプレーすることは珍しくなくなった。プロ選手になるために東南アジアはひとつの選択肢となっているのだ。そんな中、カンボジアを選択し、そこで初の日本人プロサッカー選手になった人物がいる。なぜ彼はカンボジアでプロになったのか?

2014年01月18日(Sat)16時44分配信

text by 長沢正博 photo Masahiro Nagasawa
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カンボジアで相次ぐ日系チーム、日本人選手の加入

 今、カンボジアのサッカーが、日本人によって盛り上がりを見せている。昨年、日系プロサッカーチームのトライアジアプノンペンFCが1部昇格を果たし、アルビレックス新潟も1部参入を表明。

 また、J2のアビスパ福岡から木原正和がトライアジアに、横浜F・マリノスやアルビレックス新潟でプレーした深澤仁博がナガコープFCに加入するなど、日本人選手の数も1月25日の開幕までには10名を超える勢いだ。

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カンボジア初の日本人選手・太田敬人【写真:長沢正博】

 そのカンボジアに2011年、太田敬人は初の日本人選手としてやってきた。1年目はカンボジアの強豪チーム・プノンペンクラウンで優勝を経験。その後、ナショナルポリスで2シーズンを過ごし、今季はかつて伊藤壇も所属したBBUに移籍してカンボジア4シーズン目を迎えようとしている。

 パイオニアとして太田は「(現状は)うれしいです。最初は僕一人しかいなかった。今、日本人選手、日系チームが増えていることはすごくウェルカムです」と語り、「選手としてはライバルというか、他の日本人選手、日系チームに負けたくないという気持ちは強いですね」と意気込みを新たにしている。

 昨シーズンは出場機会に恵まれず、「最初は(BBUで)監督をやってほしい、その方が給料を多く出せると言われた」というが、「まだやれる」と断った。チーム合流後はコンディションと試合勘を取り戻し、プレシーズンマッチではMFながらゴールを量産。「ボールが回ってくる回数が(ポリスと)全然違う。今はすごくやりやすい」と好調を維持している。

 彼は自身のマネジメントという点で、他の選手とは少し違う視点を持っている。それはカンボジアという舞台を選んだ理由にも現れている。

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