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アジア 10年前

元韓国代表・李榮杓(イ・ヨンピョ)が語るKリーグ復活の鍵とアジア杯「準決勝までは問題なく進める 」

李榮杓―韓国代表をW杯4位に導き、PSV、トッテナム、ドルトムントなど数々のビッグクラブでプレーしてきた韓国の英雄もまた、少年時代はどこにでもいる普通のサッカー少年だった。そんな彼は今、韓国サッカー界の未来を変える存在となり得るかもしれない。

text by ポール・ウィリアムズ photo by Getty Images

李少年とサッカーの出会い

李榮杓(イ・ヨンピョ)―韓国が生んだスターの歩みと韓国サッカーの未来
W杯で母国を4位に導いた李榮杓もまた、昔は普通のサッカー少年だった【写真:Getty Images】

 安陽(アニャン)小学サッカークラブの指導者の炯眼がなければ、韓国はその才能豊かな選手を発掘できていなかったかもしれない。

 校庭で友達と遊ぶ李少年を見抜き、監督は学校のクラブチームに入部するよう促したという。

「監督は私のプレーする姿を見て、チームに参加してみないかと提案してくれたんだ。当時は陸上競技をやっていて、ボールと一緒に走ることが何よりも好きだった。だからサッカーチームに入団することを決意した」

 それが素晴らしい旅の始まりに関わる賢い決断であったことは言うまでもない。

 現在37歳の李は幼少時代、韓国の江原道(カンウォンド)洪川(ホンチョン)で育った。

「太白山脈の近くにあるとても小さな村だ。洪川は本当に狭い。私が暮らしていた時も300人くらいしかいなかったと思う。

 たくさんの友人がいたわけではないが、家族がそばに居てくれた。毎日サッカーをして遊び、魚を釣って泳いだりすること以外はほとんど覚えていないよ」

 李は1995年、5人の兄妹とともに家族でソウル近郊の安陽(アニャン)へ移住。8歳の時に安陽小学校へ通い始めた。

 高校卒業後、ソウル市内の建国大学校に入学。1999年6月には、韓国代表の許丁茂(ホ・ジョンム)監督の目に留まり、アマチュア選手ながらトップチームに招集される。この年が最後の開催となるコリアカップのメキシコ代表との開幕戦で、後半開始から崔成勇(チェ・ソンヨン)に代わって試合に出場し、代表デビューを果たした。

 李は「夢が叶った日」と言って思い出をつづり始める。

 歴代代表数は、洪明甫(ホン・ミョンボ、136試合)、李雲在(イ・ウンジェ、133試合)に次ぐ127試合にも膨らんだが、デビュー戦で感じた独特な高ぶりをずっと抱えながらプレーしていたという。

「代表でプレーする度に、その全ての試合でサッカーをすること以上の意味を悟った。時が経つにつれ、選手として代表戦に出場することに価値を見出すようになった。私にとってはいかなる試合も違った意味合いを含んでいる」

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