日本を救った岩渕真奈。恩師が語る“ニューヒロイン”の少女時代

2015年06月29日(Mon)16時30分配信

text by 鈴木康浩 photo Getty Images
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男子にまじってもズバ抜けていたジュニア時代

 これは真剣な話なのですが、子どもがサッカーを好きにならなければ何も始まらないと私は考えています。ですから、今でも練習場に遊びに来ているような小さな子どもには「一緒にサッカーをやろうよ」と欠かさず声をかけるようにしています。

 なでしこJAPANの活躍もあり、少しずつ環境が変わっていくと願っていますが、まだまだ女の子に積極的にサッカーをやらせようとする親はほとんどいないのが現状です。だからこそ、そういう些細な声かけが大切。声かけから、その子のサッカー人生が始まるかもしれませんし、結果的にサッカー界の裾野を広げることにつながるのではと思うのです。

 真奈の持つ強い精神力はご両親譲りで、身体能力の高さはアスリートだった父親と祖父から譲り受けたもののようです。小学3年生に受けた体力測定テストで、砲丸投げを除いて、走力やジャンプ力などの種目で測定不能の高い数値を記録したとも聞きました。

 4年生のときに「6年生の男子のリレーの選手にコンマ何秒勝ったよ!」と、喜んでいたのをよく覚えています。彼女は3月18日生まれの早生まれですから同級生とは一学年違うようなもの。それを考えると身体能力がズバ抜けていたとも言えます。ボール扱いにしても、何も教えなくてもメキメキと上達していきました。

 さて当時の日本の女子サッカーは、アメリカのようなフィジカルを押し出すスタイルが主流でした。そのような状況下で、小学生の真奈の細かい足元のテクニックは異質で、周りとは毛色の違う選手として輝いていました。

 4年生の頃は、試合会場で「女の子になんか負けるな!」という声が飛んでいましたが、6年生になると、もう(岩渕選手が相手なら)女の子と思わないほうがいいよね、という雰囲気すら漂っていました。

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