Jリーグ参入を目指す“アンダーカテゴリー”の物語。奈良クラブと東京23FC、2人のGMが語る苦節と夢

昨年11月に『サッカーおくのほそ道』を上梓した宇都宮徹壱氏を司会に、奈良クラブと東京23FCのGM対談が実現。ともにJリーグを目指すクラブのGMがアンダーカテゴリーならではの苦労と醍醐味を語った。(取材・文:宇都宮徹壱)

2017年01月14日(Sat)9時57分配信

text by 宇都宮徹壱 photo Tetsuichi Utsunomiya
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奈良クラブと東京23FCのGMが語るアンダーカテゴリーの世界

奈良クラブ 東京23FC
奈良クラブGMの矢部次郎さん(左)と東京23フットボールクラブGMの原野大輝さん(右)【写真:宇都宮徹壱】

 11月16日に株式会社カンゼンから発売された『サッカーおくのほそ道』が、発売から1ヶ月以内で増刷となった。日本代表でもJクラブでもない、日本サッカーのルポルタージュが、これほどの反響を呼ぶとは予想もしなかった。実のところ、昨今の紙媒体では扱いにくくなった「アンダーカテゴリー」の世界にこそ、サッカーファンを魅了して止まない「物語」の宝庫であったことに、私自身が気付かされた次第だ。

 そんなわけで今回は、奈良クラブGMの矢部次郎さん(写真左)と東京23フットボールクラブGMの原野大輝さんにご登場いただいた。奈良クラブと東京23FCは、いずれも本書に登場しているが、取材時から時間が経って状況もいささか変わっている(特に奈良クラブの場合、取材時は関西リーグ所属だった)。そこで当時と今とを行き来しつつ、アンダーカテゴリーならではの難しさと面白さについても、おふたりに語っていただいた。

 普段、なかなか聞くことのできない、アンダーカテゴリーで頑張るGMたちの本音トーク。最後まで楽しんでいただければ幸いである。なお、今回の取材をセッティングしていただいた、錦糸町フットボール義勇軍の皆さんには、この場を借りて御礼申し上げる次第である。(取材日:2016年12月11日)

──今日はよろしくお願いいたします。矢部さんと原野さんは初対面ですが、それぞれ奈良クラブと東京23FCのGMということで、今日は「GMから見たアンダーカテゴリーの世界」というテーマでお話を伺いたいと思います。まずはそれぞれホームタウンについてご紹介いただけますでしょうか。

矢部 奈良はJクラブのない県で、都道府県別のサッカー偏差値のランキングでも実はワーストあたりなんですよ。県内に全国レベルの高校や大学もないし、僕がクラブを立ち上げた頃は人工芝のグラウンドが県内で一面しかなかった。そんな中で、僕の地元である奈良にJクラブを作りたいという思いから、ここまでやってきました。関わり始めたのが07年で、まだ県1部の時。奈良クラブという名前になったのは08年からですね。

原野 ウチは03年に東京都4部からのスタートで、当初は東京23サッカークラブという名称でした。奈良さんと同じで、ウチもグラウンドの確保には随分と苦労しましたね。東京都の場合、子供のサッカーが優先されることが多くて、社会人は後回し。ですから都リーグの試合が、千葉や埼玉で開催されることもよくありました。今、ホームゲームで使わせていただいている江戸川区陸上競技場も、実は限られた時にしか使えないんですよね。

──奈良クラブも関西リーグ時代は試合会場で苦労はありましたか?

矢部 僕らが関西リーグでやっていた頃って、ホームとアウエーの概念が曖昧で、グラウンドが取れたらそこが試合会場。どっちがホーム扱いなのか、会場に行ってみないと分からない(笑)。関西1部では8チームで14試合。ホームゲームは本来ならば7試合あるわけですが、奈良で試合をしたのは2試合とか3試合でしたね。最後のホームゲームが京都だった、なんてこともありました。

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