横浜F一筋の男に突き付けられたクラブ消滅。元代表・前田治が報道前夜に受けた電話【フリューゲルスの悲劇:20年目の真実】

2017年04月27日(木)10時29分配信

シリーズ:フリューゲルスの悲劇:20年目の真実
text by 宇都宮徹壱 photo Tetsuichi Utsunomiya, Getty Images
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加茂監督のゾーンプレス導入で完全復活。早すぎた現役引退

横浜フリューゲルスに「ゾーンプレス」を導入した加茂周監督
横浜フリューゲルスに「ゾーンプレス」を導入した加茂周監督【写真:Getty Images】

 僕のポジションが変わったのは、それからでした。それまでセンターフォワードだったのが、少し下がって右のサイドハーフ的なポジション。ちょうどJリーグが開幕する1年くらい前ですかね。「ゾーンプレス」と呼ばれる戦術が導入されて、全員が連動してプレスをかけにいかなければならなくなったんです。

 でも、加茂さんが常に言っていたのは「これは守備のためではなく、攻撃のための戦術なんだ」と。僕自身、それまで前線で背負って受けていたのが、ポジションが変わってからは前向きでボールがもらえるようになった。それで持ち前のスピードが活かせるようになりましたね。

 93年の(清水)エスパルスとの開幕戦で生まれた、フリューゲルスのファーストゴールは、まさに加茂さんのそれまでの指導の集大成のようなゴールでした。

 僕がパスをもらって、左サイドからドリブルで持ち込んでから、中央にダイアゴナルで走り込んでくるソリさん(反町康治)にパスを送ったんです。そしたらソリさんがスルーして、フリーになっていたアンジェロが決めて。

 その後、モネールが2点目、僕が3点目を決めたんですけど、理想的だったのはやっぱり1点目。自分が得意とするドリブルを活かすことができましたからね。

 あの開幕戦での勝利(3-2)で「この戦術が完成すれば、われわれは日本の頂点に立つことができる」という加茂さんの言葉に、みんなが確信を持てるようになりました。僕自身も完全復活という感じで、ゴールを積み重ねることができました。

 現役を引退したのは96年の終わりです。まだまだできると思っていたし、自分から辞めたいとは思わなかったですよ。ただ、一回り下の吉田孝行が台頭してきて、僕の出番は一気に少なくなったんですよね。

 チームとしても若返りを図る意図があったようで、それで現役引退を勧められました。「お前は生え抜きだし、将来このクラブを担っていく存在だから、ここは後輩にポジションを譲って、早く指導者の道に進め」と。しかも「いずれフリューゲルスの監督になって、また三ツ沢に戻ってこい」とまで言われて(苦笑)。

 もちろん葛藤はありました。「まだやれる」という自信もあったし、実際に別のクラブからも幾つかオファーはもらっていましたから。その前の年に結婚していて、ウチの家内には「好きなようにすればいいよ。ここを離れるんだったらついていくし」と言ってくれました。

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