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元Jリーガー・西村卓朗の新たな挑戦 第15回 親父が残してくれたもの

シリーズ:元Jリーガー・西村卓朗の新たな挑戦 text by 西村卓朗 photo by 編集部 Editors

5月3日、市原でのホームゲーム

 親父が亡くなる前の5月3日に市原でホームゲームがあった。

 GWということもあり、親父、おふくろが東京から市原の自分の家に泊まりにきた。今から思えば緊急入院する2週間前のこと。身体はとうに悲鳴をあげていたはず。

 試合には負けた。その日も親父と語る時間を楽しみにしていたが、敗戦後はスタッフとの緊急MTがあり、家に戻ったのは深夜2時過ぎだった。親父はリビングで当然寝ていた。

 しかしながら驚いたことに自分が帰って来たのに気付くと、ものすごくつらそうにではあったが、起き上がってリビングのイスに座って、語り合う体勢を整えた。その日は自分の消化しきれない思いを30分ほど話した。

 昔の親父なら、そのうまくいかない、自分の現状に、的確かつ、心が軽くなるようなアドバイスと、前向きになれるような情熱的な言葉をくれていたが、この日の親父はただただ聴いてくれるだけだった。

 葬儀では喪主を務めた。その挨拶では親父の性格に触れたが、昔から「ありのまま」でいることが苦手だった。こと弱い自分を見せるのが苦手で、それはきっと心配をかけるのがすごく嫌で、自分が少しくらい我慢すれば、人に迷惑、心配をかけないならそちらを選ぶ、ちょっと変わっていると感じるかもしれないが、それが親父の優しさ、気遣いだった。

 結果的にはこの性格が病気の発見を遅くした。5月3日にはもうひとつの思い出がある。3歳の息子(孫)と親父で映画を午前中に観に行った。見たのは「アナと雪の女王」。

 親父はその主題歌をえらく気に入っていた。親父が一番苦手な「ありのまま」という言葉をすごくエネルギッシュにストレートに、そして心地良いメロディーで歌われるあの曲をすごく気に入っていた。

【次ページ】親父がいない生活
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