元Jリーガー・西村卓朗の新たな挑戦 第15回 親父が残してくれたもの

2017年06月11日(Sun)9時40分配信

シリーズ:元Jリーガー・西村卓朗の新たな挑戦
text by 西村卓朗 photo 編集部 Editors
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親父がいない生活

 親父がいない生活がもうすぐ3年になる。

 皮肉なことに、亡くなるまでは親父のことを考えもせずに1日が終わり、また次の日がくることも多かったが、この2年間は親父を思い出さない日は1日もない。まだ到底慣れることはできないし、まだ親父がいなくなったことを受け容れたくないのだと思う。親父は後悔するような考え方が嫌いだったから、今の自分の考えにはきっと賛成しない。

 夢にでも出てきて、何かを言ってくれたら、少しずつ整理もできるのかもしれないけど、親父はまだ一度も夢にも出てこない。

 かなり時間が経って、もう前に進まなければとは思うようになった。親父は生前、自分のブログや、連載をすごく楽しみにしていてくれていた。

 自分のちょっと癖のある文章は、親父と過ごした時間が間違いなく影響を与えている。どこまで、どんな風に書くかはすごく悩んだが、自分の中では起きてしまった大きな出来事として、避けて進むことはできないし、これも親父が残してくれた自分の性格だと思っている。

 つまりは向き合うこと。

 親父から数多く聞いた言葉、出来事はすべて経験からくるもので、それは親父が66年間の中で一つひとつの出来事と丁寧に丁寧に向き合ってきた証拠だと思う。だからその言葉、考え方は自分に響き、刺さり、文字通り、血肉となった。

 親父の姿、形は残念ながらなくなってしまったが、自分の中には刻み込まれ、心の中では間違いなく生き続ける。それを慰めに、励みに、進んでいきたいと思う。

*****

 この文章は親父がなくなった日、2014年5月29日から1年後には完成していた文章だ。しかしながら、自分の気持ちの整理がつかず、またこのような文章を出すべきかなどを考え、なかなかここに至らなかった。今回3年が経ち、一つの節目として自分も前に進んでいきたいという思いと、自戒を踏まえ、後悔の念を記しておこうと思った。

 親に限らず、当たり前の存在はない。目の前にある事だけにとらわれ過ぎて、大切なものを見失わないように。

 3年たって思う事は、その当時は大変で、悲しかったという想いが大半を占めていたが、一方で家族の支えがあり、市原の仲間が寄り添い、親友が親身になって接してくれたから、当時は進んでいけたと今では思う。

 喪失感があったのは事実だが、温かさや、親近感も感じることができたのも事実だった。

 今回はものすごく、私的で重い、出来事、文章になりました。連載がしばらく途絶えてしまったことお詫び申し上げます。

 私は今、水戸ホーリーホックの強化部長として新たな時を過ごしています。新たに今感じていることは、今後、フットボール批評にて発表していければと思っています。どうぞよろしくお願いします。

(文:西村卓朗)

【了】

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プロフィール

西村卓朗

1977年8月15日生まれ、東京都出身。

【サッカー選手歴】
スポーツクラブシクス-三菱養和SS(ジュニアユース、ユース)-国士舘大学-浦和レッドダイヤモンズ(2001-2004)-大宮アルディージャ(2004-2008)-Portland Timbers(2009/アメリカ2部)-Cystal Palace Baltimore(2010/アメリカ2部)-コンサドーレ札幌(2011)

【コーチ歴】
浦和レッドダイヤモンズ ハートフルクラブ普及コーチ(2012)
VONDS市原監督(2013–2015)
J2水戸ホーリーホック 強化部長(2016)

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