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内田篤人、U・ベルリンへ電撃移籍の感慨深さ。一般論で語れない感情の揺さぶり

現地時間21日、シャルケからドイツ2部のウニオン・ベルリンに移籍することが発表された内田篤人。かつてシャルケを率いていたイェンス・ケラーが監督を務めるクラブで復活が期待されるが、今回のベルリン行きは単なる出場機会を求めての移籍とは一線を画す。ルール地方では少なくない人々が惜別の念を抱いており、そのことは内田篤人がシャルケにとって特別な存在であったことを物語っている。(文:本田千尋【ドイツ】)

text by 本田千尋 photo by Getty Images

第一報からわずか2日後に発表された電撃移籍

シャルケからウニオン・ベルリンへの移籍が決まった内田篤人
シャルケからウニオン・ベルリンへの移籍が決まった内田篤人【写真:Getty Images】

 ほとんどの“移籍”は電撃的に決まるものだ。ことは水面下で着々と進んでおり、一報が出た時には、大勢は決している場合が多い。

 8月19日付の『ビルト』紙の地方版に、次のような内容の記事が掲載された。決して大きくはない。だが、インパクトは十分だった。

「昨日、彼の代理人と一緒にアツト・ウチダ(29)はマネージャーのクリスティアン・ハイデル(54)と会談した。テーマはこのディフェンダーの未来である。ビルトは知っている:右サイド(カリジュリ、シェプフ、コケ)の激しい競争のために、ドメニコ・テデスコ監督(31)は既に日本人にほとんど出場機会がないことを伝えた。おそらく去るだろう」

 ハイデル氏は「内田篤人が我々のところにやってきて、移籍の機会を申し出た」と説明する。プレシーズンこそ出場機会を得ていた内田だったが、14日に開催されたDFBポカール1回戦のBFCディナモ戦ではベンチ外。

 昨年の12月8日にヨーロッパリーグのRBザルツブルク戦で実戦復帰して以来、右膝の状態が悪化することはなく、コンディションに問題はなかった。よってBFCディナモ戦でのベンチ外は、『ビルト』紙が報じたとおり、内田がテデスコ監督にとって構想外であることを意味した。

 そして21日午後には『ベルリナー』が「決まった!日本人のウチダがウニオン・ベルリンでサインした」と報じる。ウニオン・ベルリンはブンデスリーガ2部所属のクラブ。監督はかつてシャルケで共闘したイェンス・ケラーだ。

 同日付でクラブ公式HPも内田の完全移籍を発表。また、同様にシャルケの公式HPも「記録的な速さでファンのお気に入りとなった」内田のウニオンの移籍を発表した。『ビルト』紙の第一報から、わずか2日後のことである。

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