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Jリーグ 4年前

ベルマーレ・曹監督が進退を明言できない理由。「逃げるつもりはまったくない」かつて語った責任の取り方

Jリーグの記者会見が4日に行われ、湘南ベルマーレ・曹貴裁(チョウ・キジェ)監督のパワーハラスメント行為が認定された。Jリーグからはけん責と5試合の資格停止が指揮官に科されたが、同日行われた湘南の会見で、眞壁潔会長は指揮官の進退への明言を避けている。すぐに辞めるという決断を下さなかった姿勢は、状況こそ違えど、かつて指揮官自身が語った言葉を思い出させる。(取材・文:藤江直人)

text by 藤江直人 photo by Getty Images

「信じているものが薄れている感覚」

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湘南ベルマーレ・曹貴裁監督【写真:Getty Images】

 不安と混乱が交錯する日々にようやく終止符が打たれる、と思われていたターニングポイントをすぎても、湘南ベルマーレを取り巻く状況は変わらなかった。直近のリーグ戦の試合内容と結果を踏まえれば、横ばいからマイナスへ方向を変えていた流れが、さらに悪化したように映ってならない。

 一部スポーツ紙でパワーハラスメント行為疑惑が報じられた、曹貴裁(チョウ・キジェ)監督が活動を自粛した8月13日から、不安と混乱が交錯する日々が幕を開けた。指揮官は戻ってくるのか、こないのか。戻ってくるとすればいつにかるのかを含めて、いっさいの見通しが立たなかった。

 曹監督を慕う選手たちがターニングポイントになるのでは、と見すえていたのが、Jリーグの依頼を受けて進められていた、外部の弁護士4人で構成された専門チームによる調査結果の公表だった。果たして、4日午後1時半から都内で行われた記者会見でパワハラ行為が認定された。

 Jリーグから科された2つの制裁処分、けん責と公式戦5試合の資格停止のうち、後者に関しては自粛中に行われたリーグ戦の5試合をもって消化されていると見なされた。つまり、川崎フロンターレをホームに迎えた、6日の明治安田生命J1リーグ第28節から復帰することが可能だった。

 しかし、曹監督の自粛は継続された。引き続き高橋健二コーチが指揮を執った王者との一戦は0-5の惨敗に終わった。前半だけで4点を奪われる一方的な展開は、0-6の大敗を喫した清水エスパルスとの前節と同じだった。チーム最年長の32歳、MF梅崎司はベルマーレの現状をこう語っている。

「疲れているというか、何て言うのかな……信じているものが薄れている感覚ですかね」

試合が物語る選手の心理状況

 早ければ国際AマッチウィークでJ1が中断する、9月上旬に調査結果が発表されるのでは、と見られていた。そうした背景もあって、曹監督を欠いた直後のベルマーレの選手たちは奮起し、最後は敗れたものの、8月17日のサガン鳥栖戦では2点のビハインドを一時は追いついてみせた。

 続くベガルタ仙台戦、そして浦和レッズ戦もリードを許す展開から執念でドローにもち込み、勝ち点1ポイントずつを上乗せした。しかし、その後に迎えた中断期間中にJリーグによる発表はなかった。再開後は3連敗。攻守の歯車は完全に崩れ、得点1に対して失点は13を数えている。

 フロンターレ戦の前半は、特異な状況下に置かれた選手たちの心理状態を端的に物語っていた。キックオフ直後は前線から激しくプレッシャーをかけて、果敢にボールを奪いにいった。しかし、期待を抱かせかけた試合展開は、オウンゴールで先制点を献上した15分を境に一変する。

「トレーニングでは、いままで通り手を抜くことなくやっている。ただ、試合で失点してしまうと自信がなくなってしまい、追加点を奪われてしまうところがあった。それを含めてトレーニングで自信をつけさせようとしてきたけど、僕の力が足りなかった」

 高橋コーチが振り返ったように、21分にMF中村憲剛、26分にMF阿部浩之、そして35分にはFW小林悠に立て続けにゴールネットを揺らされる。試合へ向けて心の奥底へ必死に封じ込めてきた不安や混乱が、フロンターレの先制点となったオウンゴールを介して頭をもたげてきたのだろう。

 前半の戦いぶりをベンチで見届けた梅崎は「ベルマーレらしくないな、と。エネルギーを感じなかった」と、胸中に違和感を募らせていたと明かした。生命線となる球際の攻防で、後塵を拝し続けた理由はわかっている。曹監督が放っていた存在感をあげながら、梅崎は努めて前を向いた。

「僕たちに与える影響がゼロかと言えば、正直、それは嘘になる。それでも、これまで何を学んできたのか、ということを選手一人ひとりが自覚して、ピッチで発信していかないといけない。周りはちょっと騒がしいですけど、それに振り回されている僕たちが弱いと思っている」

進退の明言を避けた湘南ベルマーレ

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川崎フロンターレ戦の前に、頭を下げる眞壁潔会長と水谷尚人社長【写真:Getty Images】

 Jリーグから公表された調査結果を受けて、ベルマーレは4日午後6時から神奈川・平塚市内のホテルで記者会見を行った。当初は予定になかった曹監督も出席したなかで、ベルマーレの眞壁潔代表取締役会長は、曹監督の進退およびクラブ独自の処分を保留した理由をこう説明している。

「みなさんご存知のように、曹監督のサッカーは選手、スタッフ、ファン・サポーターだけでなく、曹監督自体のパワーが生まれてないようではとても指揮を取れない。今回の通知を受けて、難しい状況に向き合っていくなかで検討していきたい」

 その後の質疑応答で、具体的には曹監督自身の気持ちと、ベルマーレの主要ステークホルダーの意見を聞いたうえで決めたい、とする方針を明かした。時期に関しては特に言及しなかった。

 憔悴しきった表情で会見に臨んだ曹監督は深々と頭を下げて、パワハラと認定された自身の言動の被害者、ベルマーレの支援者、ホームタウンのサポーター、Jリーグ関係者、そして日本中のサッカーファンへ謝罪。そのうえで、自身の身の振り方を明言できない理由をこう語っている。

「選手との関係性やスタッフとの一体感をもっとも大事にしてきたつもりなので、自分のマネジメント力の低さや先見性の無さ、指導者としての浅はかさを自分のなかで痛切に感じているいま、僕が『こうしたい』とか『ああしたい』とこの場で申し上げてもまったく説得力がありません」

 パワハラに対する社会的な通念に照らし合わせれば、自身の希望で出席した4日の会見の席で辞意を表明するべきだった、という声がネット上で圧倒的多数を占めたのもうなずける。実際、責任の取り方を明確にしなかった曹監督は、さらに批判にさらされる状況を招いている。

「責任があるからすべてを投げ出すのか」

 記者会見を取材していて、ともすればネガティブな意味合いを帯びがちな責任という言葉に対して、曹監督から聞いた持論を思い出した。曹監督はポジティブな思いを込めて「職を辞するという責任の取り方もあるが、職を続けるという責任の取り方もあると思っている」と語っていた。

 実際に公の場で考え方を披瀝したのは、ベルマーレを率いて初めてJ1を戦っていた2013年11月23日だった。FC東京に敗れたベルマーレは、2試合を残してJ2へ降格することが決定。敵地・味の素スタジアムの記者会見場で責任を問われた曹監督は、こんな言葉を残している。

「J2に降格した責任はもちろん僕にあると思いますが、責任があるからすべてを投げ出すのか、あるいは続けるのか。続けてくれと言われるのか、あるいは辞めてくれと言われるのかで、責任の取り方は変わってくると思っている。僕はいままでも、そしてこれからも逃げるつもりはまったくない」

 このときは就任2年目の曹監督の指導のもとで若手選手が成長している、と評価した真壁会長以下のフロントに続投を要請されて快諾している。J1戦線で善戦した6年前と、自信をもっていた指導方法の一部がパワハラおよびパワハラに該当すると認定されたいま現在とは、状況は180度異なる。

 ただ、誤解を恐れずに言えば、パワハラと認定された人間が必ずしも職を辞さなければいけない、という決まりはない。制裁を科したJリーグの村井満チェアマンも、公式戦5試合の資格停止処分はサッカー界において重い、と踏まえたうえで曹監督にこう言及している。

「十分な社会的制裁を受けている。どのような気持ちでいるかわからないが、指導者としての力量も高い監督でもあるので、反省をして再起してほしい」

 曹監督は2015年2月に発表した初めての著書『指揮官の流儀 直球リーダー論』(角川書店刊)のなかで、自らの判断で指導者を辞める状況を「僕のなかでただひとつしかない」とこう設定している。

「それは言葉や指導が、選手たちに響かなくなったときだ」

 調査チームがまとめたA4版用紙18枚からなる調査書には、被害者の生々しい証言とともに「あそこまで選手と向き合ってくれる監督はいない」「曹さんのおかげで選手として成長できた」「曹さんには愛情以外感じない」――といった選手たちの声も綴られている。

最終的な責任の取り方

 一部がパワハラおよびパワハラに該当されると認定された自身の立ち居振る舞いに対する反省と、言葉や指導が選手たちの胸に響いているという手応え。対極に位置する2つの事実の間で揺れ動き、自問自答を繰り返していてもまだファイティングポーズを失っていないからこそ、進退を明言できなかったのではないだろうか。

 実際、記者意見で再びベルマーレの指揮を執る可能性を問われた曹監督は、複雑な胸中の一部をのぞかせている。

「自分の未来については、もし求められるものがあるのならば、いまの僕の姿を真摯に見せられる場所があるならば、とは思っています。ただ、今日のこの時点で、僕を育ててもらったベルマーレというチーム、選手やスタッフの皆さんに対して、僕から『こうです』と言うことはできないと思っています」

 ただ、非情にも時間は待ってくれない。残り6試合となったJ1戦線で勝ち点と得失点差でサガン鳥栖に並ばれ、総得点の差でかろうじて15位にとどまっている。下を見ればサガンだけでなく、最終節での直接対決を残している17位の松本山雅FCも勝ち点で3ポイント差にまで肉迫してきた。

 16位ならJ1参入プレーオフへ回り、17位ならばJ2への自動降格を余儀なくされる。敵地に乗り込む19日の横浜F・マリノスとの次節を含めて、残り試合にはセレッソ大阪、FC東京、サンフレッチェ広島と、優勝あるいは来季のACL出場権獲得を目指す上位陣との対決が待っている。

 Jリーグによる調査結果が公表されてもなお、中途半端な状況での戦いを強いられていては、今後の戦いも予断を許さなくなる。実際、高橋コーチは国際Aマッチウィークによる中断期間に入る今後へ向けて「精神的なケアも必要かな、と思っています」と語っている。

 ベルマーレをJ1へ3度昇格させ、昨季のYBCルヴァンカップ制覇へ導いた源泉となる、ほとばしるパワーが戻らなければ復帰は難しい。再び指揮を執ると決断したときには、いま現在とは比べものにならないほどの批判にさらされるだろう。いずれにしても、自分を慕ってくれる選手たちを目の前の戦いに集中させるためにも、最終的な責任の取り方を決めなければいけない瞬間は目の前に迫っている。

(取材・文:藤江直人)

【了】

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