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Jリーグ 5年前

ベルマーレ・鈴木冬一、19歳で備える「自己解決能力」。香川真司や乾貴士と似た恩師の評価【この男、Jリーグにあり】

明治安田生命J1リーグ第29節、横浜F・マリノス対湘南ベルマーレが19日に行われた。2試合続けて大敗を喫していたベルマーレはこの試合に3-1で敗れ、浮嶋敏新監督の初陣を白星飾ることはできず。それでも、ここまで公式戦24試合に出場する高卒ルーキーのプレーぶりは、香川真司や乾貴士がブレイクした時と似ていると、かつての指揮官は言葉にしている。(取材・文:藤江直人)

逆境にも「楽しさ」を見出すルーキー

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湘南ベルマーレの鈴木冬一【写真:Getty Images】

 長崎総合科学大附属高時代に義務づけられていた坊主頭が、プロの世界に飛び込んで10ヶ月がたったいまでは流行のツーブロック気味の髪型に変わり、ちょっぴり茶色に染まっているようにも映る。

「うーん、ちょっと迷っています」

 伸び始めた髪の毛の今後を問われ、思わず苦笑いを浮かべたのが、FIFA・U-20ワールドカップ代表に大抜擢された直後の5月上旬。高校サッカー界の名将、小嶺忠敏監督の教え子たちのほとんどが卒業後にそうしたように、今季から湘南ベルマーレ入りした鈴木冬一も坊主頭には戻していない。

 もっとも、表情は精かんさを増し、立ち居振る舞いも威風堂々としている。高卒ルーキーながら公式戦24試合で出場。そのうち16試合で先発を射止め、YBCルヴァンカップのV・ファーレン長崎戦では初ゴールも決めた。代表を含めて、積み重ねてきた濃密な経験が自信に変わっている。

 精神的なたくましさも際立っている。ホームのShonan BMWスタジアム平塚で川崎フロンターレに0-5で惨敗した、今月6日の明治安田生命J1リーグ第28節後の取材エリア。4試合ぶりの先発を勝ち取り、フル出場していた19歳はこんな言葉を残している。

「久しぶりに先発で出させてもらって、自分のなかではプレーすることが楽しかった」

 当時の状況を振り返れば、ベルマーレは清水エスパルスとの第27節でも0-6で大敗していた。フロンターレ戦で3連敗となって順位は15位に下がり、16位のサガン鳥栖に勝ち点で並ばれ、J2への自動降格圏となる17位の松本山雅FCにも3ポイント差に肉迫されていた。

昨季MVPとの対峙で感じた差

 パワーハラスメント行為疑惑が報じられていた曹貴裁(チョウ・キジェ)前監督が、活動を自粛してから2ヶ月が経とうとしていた。フロンターレ戦の2日前に、パワハラ行為を認定するJリーグの調査結果が発表された。それでも曹前監督の去就は明言されず、中途半端な状態が続いていた。

「僕たちに与える影響がゼロかと言えば、正直、それは嘘になる。周りは騒がしいけど、それに振り回されている僕たちが弱いと思っている」

 チーム最年長の32歳、MF梅崎司の言葉が、精神的に限界直前だったことを物語っていた。ゆえに鈴木の「楽しかった」は異彩を放ったし、場合よっては誤解を招きかねなかった。一方でクラブスローガンの「たのしめてるか。」を、ベルマーレが実践できていない状況が続いていたのも事実だった。

 楽しむからには、もちろん責任も背負う。フロンターレ戦で初体験のボランチとして先発し、後半開始からは左ウイングバックに移っていた鈴木は、対面で幾度となくマッチアップした昨季のMVP、家長昭博の間合いへ何度も飛び込むも、軽くいなされた自身の未熟さに悔しさをにじませてもいる。

「すごく上手かった。ああいう選手を止められるように、もっともっと頑張らなければいけない」

 リーグ戦の軌跡を振り返れば、今季のJ1に所属している十代のルーキーのなかで、6月にプロ契約を結んだ高校3年生、MF松岡大起(サガン鳥栖)に次ぐ出場試合数とプレー時間を記録している。身長165cm体重61kgの小柄なレフティーは、自らの意思で進むべき道を切り開いてきた。

異色のルートを選んだ理由

 現時点における最大のターニングポイントをあげれば昨年3月となる。セレッソ大阪U-18に所属し、トップチームに2種登録されていた鈴木は、セレッソ大阪U-23の一員としてJ3の舞台でも戦っていた。しかし、昨季の開幕直後に突如として登録を抹消されている。

 大阪・興国高の3年生へ進級する直前だった鈴木は、長崎総合科学大附属高への転校とともに、プレーする環境を変えていた。2017年のFIFA・U-17ワールドカップに出場していた攻撃的MFの鈴木は、自らの現在地を世界や代表のチームメイトたちと比べ、将来へ向けて危機感を募らせていた。

「セレッソには小学生のときからお世話になってきたので、悩みに悩み抜きました。ただ、もう一度大きく成長したい、という思いが引き金になりました。長崎へ行ったことを(プロへの)遠回りだと言う人もいたかもしれないけど、自分としてはむしろ近道だったと思っています」

 生まれ育った東大阪市を離れ、縁もゆかりもない長崎市内で寮生活をスタートさせた。初体験となる部活動に身を投じるも、登録の関係でインターハイ予選には出場できなかった。それでも、18歳になる直前に大きな決断をくだした理由を、鈴木はこんな言葉で説明してくれたことがある。

「高校で選んだわけではありません。小嶺先生がいる、という理由で選びました」

 島原商業、国見、長崎総合科学大附属と長崎県内の高校を指揮。国見をインターハイで5度、全国高校選手権では戦後最多タイの6度の優勝に導いた小嶺監督は、選手が悲鳴をあげるほどの厳しい指導で知られる。高校最後の1年を、あえて心と体を一から鍛えあげる時間にあてた。

 徹底的な走り込みを指導のベースにすえる小嶺監督のもとで、教え子たちのふくらはぎは、たとえるなら魚のヒラメのような形になる。待ち望んでいた洗礼を、鈴木もすぐに浴びた。

「僕はもともとふくらはぎにあまり筋肉がつかないというか、バーンと大きくなってはいないんですけど。確かに先輩の方々のふくらはぎを見ると、ヒラメのように大きくなっていますよね。試合が終わってから学校に戻って走って、次の日にそのまま試合をすることが多かった。それまでに経験したことがないし、戸惑いと驚きがありましたけど、徐々に慣れていったというか。きついと思ったことももちろんありましたけど、学ぶことが多かったし、小嶺先生には本当に感謝しています」

東京五輪の舞台に立つために

 昨夏にはアンドレス・イニエスタが所属するヴィッセル神戸、J2の水戸ホーリーホック、そしてベルマーレの練習に参加。ベルマーレからのオファーを勝ち取ると、明確な人生の設計図を描きながら、J1でもっとも厳しい練習が課されることで知られていたクラブの一員になった。

「自分の性格的にも、甘い環境だとダメになることがわかっているので。あえて厳しい環境に身を置いて、自分を向上させていきたいと思い続けてきました。来年の東京五輪の舞台に立とうと思えば、ベルマーレで1年目から試合に出て、結果を残していくことが大事ですから」

 冬一と書いて「といち」と読む珍しい名前は、サッカーおよびウインタースポーツの経験者で、特に後者に傾倒していた父親の啓司さんが「スポーツを何かをやってほしかったし、やるからには一番になってほしかった」という思いを込めて命名した。

「人生の分岐点に直面したときは、小さなころからすべて冬一自身に決めさせてきました」

 男手ひとつで鈴木を育ててきた啓司さんから、こんな言葉を聞いたことがある。自立性を育ませる啓司さんの教育方針にのっとれば、セレッソ大阪U-18から長崎総合科学大附属高への移籍も、そしてベルマーレへの加入も「本人が行きたいんやったら、まったく問題ないですよ」となる。

 そして、プロの世界へ挑むにあたって、鈴木は「成長するのではなく、チームの勝利に貢献できる選手になりたい」と誓いを新たにした。言葉を補足すれば、日々成長していくのは当然であり、そのうえでチームへ常にプラスアルファを還元し続けるのがプロと定めている。

 だからこそ、ポジションに関しても「絶対にここでやりたい、というのはない。自分はどこでもできると思っているので」と開幕前から公言してきた。最初に高い評価を得たのは右ウイングバック。中へ切れ込んで左足でフィニッシュにもちこむ、積極果敢な姿勢には曹前監督も高い評価を与えていた。

「ボールをもったときにしっかり顔を上げて、相手が近寄って来られない間を作れる。そこがアイツの一番いいところだし、だからこそデビューから短期間であそこまで堂々としたプレーを見せられる。ちょっとタイプは違うけど、香川真司や乾貴士、柿谷曜一朗たちが出てきたときにも同じことを感じた。個人としての絶対的な武器をもっている選手は、これからも生き残っていけると思う」

「ピッチのなかにおける自己解決能力」

 左ウイングバックやシャドー、曹前監督の自粛中に指揮を執った高橋健二コーチのもとでは、前述したようにボランチでもプレーした。迎えた19日の横浜F・マリノスとの第29節。退任した曹前監督からバトンを引き継いだ浮嶋敏新監督の初陣で、鈴木は左サイドバックとして先発する。

 強力な3トップを擁するマリノスに対して、浮嶋監督は前任者のもとで慣れ親しんだ3バックから4バックにスイッチ。鈴木に仲川輝人を、右サイドバックの岡本拓也にはマテウスをケアさせた。前半開始早々には、仲川が放ったシュートをゴールライン上で鈴木が頭で弾き返す場面もあった。

 しかし、39分に技ありの先制点を決めたのも仲川だった。パスを受けた仲川と1対1で対峙した鈴木は、左タッチライン際を駆けあがってくるDF松原健に気を取られた。次の瞬間、切り返して鈴木のマークをかわした仲川に、素早いモーションから左足による浮き球のシュートを決められた。

「湘南らしい粘り強さは出せたと思うけど、最初の失点は自分のところだったので、チームに申し訳ない気持ちでいっぱいです」

 仲川の巧さに鈴木は悔しさを募らせながらも、鈴木は必死に前を向こうとした。誰でもミスは犯す。問われるのはミスと真正面から向き合えるかどうか。曹前監督は「同じミスを繰り返さない」と鈴木のもうひとつの武器を賞賛し、そのルーツを啓司さんや小嶺監督の存在に帰結させたこともある。

「ピッチのなかにおける自己解決能力が非常に高い。もって生まれたものもあるだろうし、親御さん以下、彼の周りにいた方々の教育もあると思います」

 マリノスには1-3で敗れた。それまでのように、完全に崩された末に安価な失点を重ねる展開ではなかった。それでも後半にセットプレーで2点を追加されたなかで、U-22日本代表のDF杉岡大暉が投入された73分からボランチへ回った鈴木は、リーグ戦で初めて2戦連続でフル出場した。

「プロとして試合に出るときが一番充実している。でも、自分が出た試合で結果が出ていない、というのが現実なんですけど」

 5試合に出場したルヴァンカップはグループリーグで敗退し、連覇の夢を早々に絶たれた。リーグ戦では6勝3分10敗と負け越している。だからといって、下をむいている時間はない。サガンと入れ替わって16位に落ちたベルマーレと、松本山雅との勝ち点差も2ポイントに縮まった。

「ただ、ゴール前の粘り強さは戻ってきたと思うので、カウンターのときに出ていく選手がもっと増えていけば。もっとやれる、という自信をもっていきたい」

 残りはわずか5試合。意思あるところに道は開くとばかりに、異色のルートを歩んできたルーキーは楽しむ姿勢だけでなく、ファイティングポーズをも失わない。その脳裏にはベルマーレの勝利に、そして苦境を抜け出してJ1残留に貢献する自分自身の姿が常に描かれている。

(取材・文:藤江直人)

【了】

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