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アーセナル、伝説の無敵チームはどんな戦術だったのか? 危ういながらも…必ず打ち勝つ戦闘的スタイル【アーセナルの20年史(3)】

世界のフットボールシーンは、この約20年で大きく変わったと言える。選手の契約と移籍のあり方が変わり、名門クラブも栄枯盛衰を経験している。そこで複数回に渡ってアーセナルの現代史を辿っていきたい。今回は第3回。(文:西部謙司)

シリーズ:アーセナルの20年史 text by 編集部 photo by Getty Images

The Invincibles

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アーセナルは03/04シーズン、無敗優勝を達成した【写真:Getty Images】

 2003/04シーズンのアーセナルは、イングランド史上最強のチームともいわれる。38戦無敗(26勝12分)でプレミアリーグ優勝を成し遂げた。

 過去にはプレストン・ノースエンドが唯一、無敗のまま優勝しているが、1888/89シーズンのことで当時のリーグ戦は22試合だった。プレストン・ノースエンドはFAカップも無敗優勝しているので合計27戦無敗は偉業だが、アーセナルは無敗優勝の次のシーズンも勝ち続けて49戦無敗の記録を打ち立てている。

 この無敵チームはアーセン・ベンゲル監督の業績の中でも最高傑作だ。“ダブル”を達成した1997/98、2001/02も強かったが、就任以来積み上げてきたフットボールの集大成といえる機能性を持っていた。

 GKは長年ガナーズの守護神だったデイビッド・シーマンに代わり、ドイツ人のイエンス・レーマンになっている。4バックも“フェイマス・フォー”がすっかり入れ替わった。CBはソル・キャンベルとコロ・トゥーレのコンビ、右SBにはローレン、左はアシュリー・コール。全員黒人というところが、身体能力を重視したベンゲルらしい。

 4-4-2の中央にパトリック・ビエラとジウベウト・シウバ、サイドハーフにロベール・ピレス、フレドリック・ユングベリ。2トップにティエリ・アンリ、デニス・ベルカンプがベストの11人である。

 73ゴールを叩き出した破壊力も凄まじかったが、守備も26失点と非常に堅い。イングランドの伝統的な4-4-2を踏襲しながら、従来の英国式とは違う柔軟性、スピードがインヴィンシブルズの特徴だった。

尖りすぎない、革新的でもない

 アーセナルは近年のフットボール史上におけるスーパーチームの1つに数えられるかもしれないが、1980年代の終わりからプレッシングで旋風を巻き起こしたACミランや、2008年からの快進撃でプレッシング時代に引導を渡したバルセロナのような革新的なチームではない。

 コンパクトな4-4-2はACミランが起こした流れを引き継いでいるが、当初のミランほどのハイラインは採用していない。ハイプレスも行っているが、実は諦めもけっこう早く、ミドルゾーンでのプレスに切り替えていた。ベンゲル監督は「コンパクト」の実体について、「ライン間が15メートル」と答えていて、つまりFWからDFまでの距離は30メートルである。実際にはもう少し長いこともあり、コンパクトといってもさほどきつめではない。

 アンリ、ベルカンプがプレスした時点で相手がロングボールを蹴らなければ、MF陣はあまり深追いすることなくラインを形成している。ビエラやG・シウバが前へ出るときは、ユングベリやピレスが下がってバランスをとるなど、何が何でもハイプレスで仕留めるというこだわりはない。

 両SBは攻撃に参加するが、2人のCBとG・シウバは残し、前線へのフリーランを得意としていたビエラも守備では持ち場へ戻ってくる。SBの戻りも早く、4+6の6人はボールより自陣サイドで守備をする設計だった。極端な針の振れ方をしないのはベンゲルらしさだろう。

 いわゆる「自分たちのスタイル」を志向するチームは、特定の試合の流れに強引に持っていこうとする。もちろん、トップクラスのチームは予定外の事態への対処法も用意しているのだが、そこまででない特化型はリスクマネジメントが弱い。つまり、「こうなったら負け」という弱点がはっきりしすぎている。その点、ベンゲル監督が作り上げた03/04のガナーズは大きな欠点がない。尖りすぎていない。だから無敗だったし、同時にさほど革新的でもなかった。

 ボランチに強力なフィジカルと守備力のあるビエラ&G・シウバという選択は、イングランドの伝統を汲むものであり、攻撃的ではあったが針を振りきるほどではなかったことの象徴だろう。

狩りをする狼の群れ

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ティエリ・アンリ【写真:Getty Images】

 攻撃面での速さと柔軟性はこのチームを強く印象づけている。アンリ、ユングベリ、ローレン、A・コールは速さの代表で、ベルカンプ、ピレス、アンリは柔軟性を司っていた。

 従来型の英国式4-4-2との違いはポジションの柔軟性、というよりランニングの多彩さだ。両サイドハーフは斜めに動いてサイドを開け、そこへSBがフルスピードで走り込んでいく。アンリは左サイドへ開き、ベルカンプは中盤へ落ちる。間隙を突いてビエラが中盤からトップへ走り抜ける……。こうしたアクションが組み合わさり、同時性を持つことで敵を混乱させていた。グループで狩りをする狼の群れのようだった。

 ポゼッションはそれほど高くない。それでも非常に攻撃的な印象を残しているのは、ダイナミックなポジションの流動性から、鋭利な攻め込みを繰り返していたからだろう。

 カウンターアタックは強烈だった。守備時はアンリとベルカンプをカウンター要員として前線に残している。とくに中央から左へ流れながらロングパスのルートを作るアンリは対戦相手にとって最大の脅威だった。

 ASモナコで左ウイングとして鳴らしたアンリには「5メートル・アドバンテージ」がある。敵の背後に5メートル以上のスペースがあれば、スピードだけでぶっちぎれるのだ。アンリへのルートが開いたときは、1本のロングパスでフィニッシュへ結びつけることができた。

 パートナーのベルカンプはキャリアの終わりに差し掛かっていたが、絶妙のコントロールとパスで“ランナー”を自らの手足のように使いこなしていた。ピレスはフランス代表の同僚であるアンリと絶妙のコンビを組み、ベルカンプのゲームメイクも補佐。ユングベリは活発な上下動とDF間へ潜り込む遊軍的な働きをみせた。

 決して守備的ではないが攻撃的にもなりすぎず、プレミアらしく激しくボールを奪い合う。一方的に攻め、無傷のまま勝つアウトボクサーのようなバルサとは違い、けっこう危ない場面もあり、さほど一方的でもない。それでも必ず打ち勝つ強靱なインファイターのようなインヴィンシブルズは、戦闘的なイングランドらしさも濃厚に残した、プレミアリーグの華だった。

(文:西部謙司)

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