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アトレティコ、狂気的爆発力は蘇るか? 8ヶ月ぶりゴール…ジエゴ・コスタの“野生”復活

アトレティコ・マドリーは現地14日に行われたラ・リーガ第28節で、アスレティック・ビルバオと引き分けた。約3ヶ月ぶりのリーグ戦再開となった試合では、ジエゴ・コスタが復活の狼煙となるゴールを挙げている。終盤戦に向けた過密日程で、負傷に悩まされたエースストライカーはチームの復調の鍵を握る存在となれるだろうか。(文:舩木渉)

text by 舩木渉 photo by Getty Images

ジエゴ・コスタが8ヶ月ぶりに…

ジエゴ・コスタ
【写真:Getty Images】

 どうやらアトレティコ・マドリーが新たなクラブ記録を打ち立てそうだ。といっても、決して喜べるものではないが。

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 現地14日にラ・リーガ第28節が行われ、敵地に乗り込んだアトレティコはアスレティック・ビルバオと1-1で引き分けた。これでクラブのシーズン記録に並ぶ、13引き分け。約3ヶ月におよんだ中断期間が明けても、今季のディエゴ・シメオネの軍団はやっぱり勝ちきれなかった。

 リーグ戦はあと10試合残っているので、クラブ新記録を塗り替えることはほぼ間違いない。もしかすると2015/16シーズンのデポルティボ・ラ・コルーニャが残した「18引き分け」というリーグ記録も視野に入ってくる。

 例年通り失点は少ないが、今季のアトレティコはとにかくゴールが奪えない。チャンピオンズリーグ出場権獲得はまだ現実的な目標であり続けるとはいえ、28試合で32得点はさすがに寂しい。長い中断が明けても、厄介な“ウイルス”は完治していないようだった。

 1億2000万ユーロ(約150億円)を超える移籍金を投じて獲得したジョアン・フェリックスは、ベンフィカ時代のような力を発揮しきれず、4得点と期待外れの出来。チーム内得点王のアルバロ・モラタですら8回しかゴールネットを揺らせていない。

 ビルバオ戦でも数は多くないながらチャンスはいくつかあった。序盤にヤニック・カラスコの当たり損ないのシュートがゴールをかすめ、終盤には味方のシュートのこぼれ球に詰めたサンティアゴ・アリアスのシュートがGKのファインセーブに阻まれた。

 そんな中で、残り10試合に向けて希望となりそうなのが復活を遂げつつあるストライカーの存在だ。ヘルニアに悩まされ、長期欠場を強いられていたジエゴ・コスタが約8ヶ月ぶりとなるゴールを挙げた。

 ビルバオに先制を許した2分後、眠っていた獅子が突如目を覚ました。左サイドからのクロスが相手に掻き出され、一度攻撃が終わったかと思われたところで、サウールがクロスボールを拾う。背番号8の生え抜きMFは、2タッチで斜め前方に鋭いパスを通した。

 この瞬間、ゆっくりと自陣方向に戻ろうとしていたジエゴ・コスタの動きが変わった。サウールのパスが出ると、オフサイドにかからないようポジションを微修正し、ペナルティエリア手前でコケにボールが渡るまでに体の向きを変えてパスを呼び込む体勢に入っていた。

 そのストライカーの本能的な動きを察知したコケは、自分に寄せてきたセンターバックの背後のスペースを見逃さず、相手ディフェンスの隙間へスルーパス。マークが外れて完全フリーになっていたジエゴ・コスタはGKの飛び出しも見極めたうえで冷静にシュートを流し込んだ。

ここぞで発揮された野生の感覚

ジエゴ・コスタ
【写真:Getty Images】

 ようやくトップフォームを取り戻しつつある姿を見て、「ああ、この人には試合勘などというものは関係ないんだ。これは野生の勘だ」と感じた。多くの選手にとって長すぎる中断期間が明けたばかりで、実戦感覚の欠如を感じる場面はドイツでもスペインでもあった。

 アトレティコ戦の前日にはアラベスのGKフェルナンド・パチェコが、飛び出してボールをキャッチした時に思い切りペナルティエリア外に着地して一発退場になっていた。普段は落ち着いて安定感あるプレーが持ち味のトップレベルのGKすら、自分なりのタイミングを見失ってしまうほどだ。

 だが、ジエゴ・コスタのプレーには、いわゆる「試合勘」と言われるようなものの影響は感じられず、むしろ久しぶりに全力でピッチを走りまわれる喜びで感覚が研ぎ澄まされ、アグレッシブさにもつながっているように見受けられた。

 試合前日にYouTubeで公開されたオンライン記者会見でシメオネ監督が指摘していたことにもつながっている気がする。

「子どもの頃に友だちと遊んだ時のような、20人が見物していた中でプレーしていた時のようなアマチュアリズムを思い出すんだ。野心や競争心を持っているヤツはもっと強くなる」

 新型コロナウイルス感染拡大を防ぐために無観客試合となり、スタンドからあふれんばかりの熱狂が消えた。ファン・サポーターの情熱的な後押しを受けられない特殊な状況下でも、目の前の試合に120%を捧げられるか。シメオネの哲学はスタジアムから観客が消えようと変わらない。どんな時でも愚直に勝利を追い求めるだけだ。

 ジエゴ・コスタは、ストリートでプレーしていたブラジルでの少年時代に体に刻み込んだ感覚を忘れていなかったとも言えるのかもしれない。狭くて、固くて、荒くて…様々な制限のある環境でいかに貪欲に創意工夫を重ね、ゴールを奪うか。無邪気に追い求めた勝利の喜びは、やはり何物にも代え難い。

 あの頃の経験によって培われた野生的な感覚が、どんな状況にも左右されない強靭なメンタルと得点感覚を生み出しているような気がした。特にビルバオ戦のゴールは、ほとんど一瞬の出来事だっただけになおさらだ。

アトレティコがアトレティコたる所以

フィルジーナ・トレシージャ
【写真:Getty Images】

 そして、ジエゴ・コスタは背中に「VIRGINIA」とネームの入った14番のユニフォームを掲げた。先ごろ脳腫瘍の手術を受けた、アトレティコの女子チームでプレーするスペイン代表MFフィルジニア・トレシージャにゴールを捧げたのだった。

 トレシージャは先月末の術後に自らのSNSに動画を投稿し、次のような言葉を残していた。

「心から言いたいのは、私も私の家族も、周りの人たちも、このようなことが起こるとは想像もしていなかった。これ(脳腫瘍を克服するための手術)は私に大きな力を与えてくれた。願いと強さがあれば、あなたは何からでも抜け出すことができる。私はポジティブ。(プレーを)続けるには、このたった1つの方法しかなかったから」

 彼女の信じることを諦めず、意志を貫き通す前向きな考え方は、シメオネ監督がアトレティコに植えつけてきたマインドに通じるものがある。だからこそ男子トップチームの選手たちも共感し、寄り添い、ゴールを捧げてエールを送ったのではないだろうか。サウールはビルバオ戦後のフラッシュインタビューで、トレシージャの存在について次のように語った。

「僕は彼女(トレシージャ)とたくさん話している。彼女はとてもポジティブな人間だ。起こってしまったことは残念だけど、彼女は最高に前向きな形で向き合っている。うまく回復しているし、彼女の生き方は今の状況において最高の形だと思う」

 トレシージャは自身のユニフォームを掲げたジエゴ・コスタの行動に対し、ツイッターで「言葉がありません! あなたは素晴らしい! 心からの感謝を!」と返答した。「#Nuncadejesdecreer(信じることをやめないで)」というハッシュタグとともに。

 脳腫瘍だけではない。もちろん世界中に蔓延する新型コロナウイルスから回復を目指す人々も、他の病気を克服しようと戦っている人々も数多くいる。アトレティコの選手たちは、どんな時も諦めず自分たちの信念を貫き、不屈の闘志を燃やすサッカーを通して勇気や希望を与えられると信じているに違いない。

 ジエゴ・コスタのリーグ再開初戦のパフォーマンスやゴール後の行動は、アトレティコに宿る不変の哲学を象徴しているようだった。「毎試合が決勝戦のようなもの」と意気込む情熱にまみれたシメオネ監督の魂は、確実にチームに浸透している。

 これからシーズンのフィニッシュテープを切るまで続く過密日程を乗り切るには、選手個々のクオリティのみならずチームの総合力が試される。もしCL出場権獲得を逃せば、クラブの厳しい財政状況を考えると来季以降の戦力ダウンは避けられず、より苦しい戦いを強いられることになる。

 ジエゴ・コスタの復活がアトレティコの狂気的な爆発力を蘇らせ、復調の呼び水となるだろうか。もう引き分けてはいられない。

(文:舩木渉)

【了】

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