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アーセナルは危険水域、エバートンは安泰。アルテタvsアンチェロッティで露呈した両者の力量差【分析コラム】

プレミアリーグ第14節が現地19日に行われ、アーセナルはエバートンに1-2で敗れた。前者はこれでリーグ戦8敗目、7戦連続勝利なしに。一方で後者は3連勝で暫定ながら2位に浮上した。お互いに就任からちょうど1年を迎える両クラブの監督の力量差が、そのまま結果に表れているようだ。(文:舩木渉)

text by 舩木渉 photo by Getty Images

同じ日に監督就任から1年

アンチェロッティ アルテタ
【写真:Getty Images】

 ミケル・アルテタとカルロ・アンチェロッティがそれぞれ現職に就いて1年を迎えようとしている。

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 前者はアーセナルで、後者はエバートンで、2019年12月22日に監督就任が発表された。ウナイ・エメリとマルコ・シウバの両名の指揮下で低迷していたチームを復活させるべく、2人は同時に任務を始めた。

 あれからほぼ1年、2020年12月19日にアルテタ監督率いるアーセナルとアンチェロッティ監督率いるエバートンがプレミアリーグ第14節で対戦した。

 結果はエバートンが2-1でアーセナルを下した。試合内容にも現在の両チームの状況がよく反映されていたと言えるだろう。

 今季開幕から苦しい戦いが続くアーセナルは、早くも8敗目を喫した。カップ戦では順調な勝ち上がりを見せていながら、リーグ戦では7試合連続で勝利なし。アルテタ監督の立場が危うくなってきている。

 一方、エバートンは一時的な不調を乗り越えて再び軌道に乗り始めた。今季はハメス・ロドリゲスを筆頭にアランやアブドゥライェ・ドゥクレなどアンチェロッティ監督の要求通りに補強を成功させ、非常に強力なチームを作り上げている。

 攻撃の絶対軸だったハメスが離脱中の現在も、リーグ戦3連勝中だ。しかも、その間に勝ったのはチェルシー、レスター、アーセナルと強豪ばかり。一部の主力を欠きながらの連勝ではアンチェロッティ監督の引き出しの多さが際立っていた。

 シーズン開幕当初のエバートンは、ハメスにフリーマン的役割を与えていた。チャンスメイク能力に長けるファンタジスタにボールを集めることで、明確に攻撃の起点を作る。そして背後にはアランやドゥクレといったタフに戦える中盤の選手を並べて守備の強度も担保する仕組みだ。

 ところが現在はハメスが負傷しており、左サイドで高精度クロスを武器に躍動していたリュカ・ディーニュも離脱中。前節レスター戦までは右サイドバックの主将シェイマス・コールマンも戦線を離れていた。そこでアンチェロッティ監督はチームを組み直した。

 ディフェンスラインに右からメイソン・ホルゲイト、ジェリー・ミナ、マイケル・キーン、ベン・ゴッドフレイの4人を並べたのが大きな変化の1つだろう。全員がセンターバックも務まるやや守備的な人選で、ディーニュやコールマンのようなサイドからの攻撃力は発揮できない。それでもゴール前の守備力を高め、簡単には壊せない壁を築いた。

ハメス離脱で戦術変更

 もう1つの変化は、ギルフィ・シグルズソンをトップ下に据えたことだ。夏には余剰戦力として放出候補にも挙げられていたベテランは、中央を起点に幅広く動いてボールを引き出し、ダイナミックに展開するタスクを与えられて躍動している。そして抜群の精度を誇るセットプレーのキッカーとしても重要な存在だ。

 今のエバートンの最前線は得点源となる選手が君臨している。そこを基準に逆算してチーム戦術を練っていく際にアンチェロッティ監督はボールポゼッションの重要度を下げた。長い時間ボールを持って攻撃を組み立てる戦い方でなくとも、ドミニク・カルバート=ルーウィンであれば確実にゴールネットを揺らし続けられるという計算が働いたのだろう。

 長身と驚異的なジャンプ力を生かした空中戦はほぼ無敵で、ペナルティエリア内に入ればワンタッチゴーラーとして無類の力を発揮するエースストライカーの存在は大きい。試合終了時に勝っているには相手よりも1つでも多くのゴールを奪っていればいいわけで、無失点なら最低1ゴールで勝ち点3を手にすることができる。

 守備的な4バックで中央の危険なエリアから相手のアタッカーたちを締め出し、ボールを奪ったら前線のシグルズソンやリシャルリソン、アレックス・イウォビら打開力あるアタッカーに素早くつなげる。そしてカルバート=ルーウィンにフィニッシュを託すという道筋が、3連勝中のエバートンには浸透していた。

 実にアンチェロッティ監督らしい監督だ。かつてミランで黄金期を築いた名将の履歴書には、チェルシー、パリ・サンジェルマン、レアル・マドリード、バイエルン・ミュンヘン、ナポリと華やかな名前が並ぶ。

 ただ、これだけ数々のビッグクラブを率いて、数々のタイトルを手にしてきながら、「アンチェロッティのサッカーってこうだよね」と戦術的特徴を規定するような、誰もが共通で持つイメージはないのではないだろうか。

 同じイタリア人でも常に3バックで戦うアントニオ・コンテ監督やジャンピエロ・ガスペリーニ監督などとは違う。ポゼッションに独特のこだわりを持つマウリツィオ・サッリ監督などとも異なる。

 常に現有戦力から選手個々の特徴やポテンシャルを最大限に引き出せる組み合わせを導き出し、細かなルールで縛るのではなく、最低限の規律のなかで気持ちよく自分を表現できる自由を与える。これぞアンチェロッティの懐の深さでああり、プライドの高いスター選手たちにも慕われ、どこでも結果を残す名将である所以なのである。

 一部の主力が抜けても、その都度の状況に合わせて組織戦術に調整を加えてベストな組み合わせをピッチに送り出す。だからこそチームの総合力が大きく低下することなく、継続して力を発揮できる。

変わり映えしないアーセナルの戦い

エバートン
【写真:Getty Images】

 アルテタ監督はアンチェロッティ監督と同時期にアーセナルの指揮官となったが、2人の決定的な違いは「引き出し」の多さの部分だ。経験という言葉で説明されてしまうかもしれないが、そもそものスタンスの違いとも捉えられる。

 最近のアーセナルの試合を見ていると、だいたい印象は同じだ。なんとなくパスは回るしボールも持てているけれど、チャンスの数が少ない。当然、シュートの回数が少なければゴールの数も少なくなる。

 勝利のないプレミアリーグの最近7試合でアーセナルが奪ったゴールはわずかに3つしかない。1試合平均のシュート数も10.4本にとどまっていて、首位リバプールの15.5本と比較するといかにチャンスの数が少ないかもわかる。

 アルテタ監督のアーセナルは、守備時は5バック気味になる3-4-3をベースに構築されていて、攻撃時になると3バックが大きくサイドに開いてウィングバックを高い位置に押し出す。主には左のブカヨ・サカがウィングの位置まで張り出し、4-3-3のような形にシフトするのが鉄板戦術だ。

 だが、ディフェンスラインからのビルドアップをサポートしながら中盤で舵取りをするダニ・セバージョスやモハメド・エルネニーに、相手の守備が集中する中央を打開するような力はない。2列目で起用されるニコラ・ぺぺやウィリアン、ピエール=エメリク・オーバメヤンもインパクトに欠ける。結局どうしてもパスが相手守備ブロックの外側を回るだけになりがちで、守る側から見ればそれほど怖くない。

 結果が出ず、トーマスやオーバメヤンら主力が負傷離脱しても指揮官が戦術の方向性を変えるような素振りは見せていない。エバートンに敗れて、自らの立場が危うくなってきているのではないかという質問に「理解している」と語ったなら、何かしらの打開策を打ち出さなければ苦境を抜け出すのは難しいだろう。

「明らかに結果が出ていない。そこに疑問の余地はない。結果は十分ではなく、アーセナルというクラブの基準では受け入れられないものだ。これこそが我々の挑戦であり、立ち向かっている戦いだ」

 エバートンの勝利によって浮かび上がったのは、様々な戦術を使い分けられる幅の広さ、変化を受け入れる懐の深さといった、両指揮官の力量差だった。

 現行契約を3年半も残すアンチェロッティ監督の立場はしばらく安泰だろう。暫定ながらプレミアリーグ2位に浮上し、ハメス抜きでもチームは間違いなく軌道に乗っている。では、アルテタ監督の言う「挑戦」は今後も続くのだろうか。

 マンチェスター・シティと対戦するリーグカップ準々決勝と、続くチェルシー戦を終えたクリスマス後に状況が好転していなければ、アーセナルは悪夢のような慌ただしい年末年始を迎えることになるかもしれない。

(文:舩木渉)

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監督は謀略者でなければならない。それが世界最高峰の舞台であるプレミアリーグであればなおのことだ。さらに中堅以下のクラブを指揮している場合は、人を欺く行為こそ生存競争を勝ち抜くために必要な技量となる。もちろん、ピッチ上における欺瞞は褒められるべき行為で、それこそ一端の兵法と言い換えることができる。
BIG6という強大な巨人に対して、持たざる者たちは日々、牙を研いでいる。ある監督は「戦略」的思考に則った「戦術」的行動を取り、ある監督はゾーン主流の時代にあえてマンツーマンを取り入れ、ある監督は相手によってカメレオンのように体色を変え、ある監督はRB哲学を実装し、一泡吹かすことだけに英知を注ぐ。「プレミアの魔境化」を促進する異能たちの頭脳に分け入るとしよう。



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【了】

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