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アーセナルが「4人目」の交代を行なった理由とは? プレミア&Jリーグで初適用、脳しんとう発生時の新ルールを知る【コラム】

プレミアリーグ第25節が現地21日に行われ、アーセナルはマンチェスター・シティに0-1で敗れた。この試合では、アーセナルが今季初めて「4人目」の交代枠を使った。脳しんとうや頭部外傷のリスクを考慮した新しい交代ルールが試験導入されて以降、プレミアリーグでは初の適用事例となった。(文:舩木渉)

text by 舩木渉 photo by Getty Images

ホールディングにアクシデント

ロブ・ホールディング
【写真:Getty Images】

 交代枠が「3人」と定められている今季のプレミアリーグで、初めて「4人目」の交代が行われた。

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 これは今年2月上旬から試行されている、「脳しんとうになった場合に追加で最大2人まで交代できる」という新規則を適用したためだ。

 現地21日に行われたプレミアリーグ第25節のアーセナル対マンチェスター・シティは、0-1でシティの勝利に終わった。

 この試合の78分54秒の場面で、アーセナルのDFロブ・ホールディングが頭を抱えてピッチ上にうずくまった。突破を仕掛けてきたシティの選手に対してスライディングした際、交錯したDFジョアン・カンセロのひざがホールディングの頭に直撃してしまった。

 初見では取り立てて危険なプレーに見えなかったが、頭に強い衝撃を受けたホールディングには脳しんとうの症状が出ていたようだった。結局、メディカルスタッフの判断により交代することとなり、アーセナルは82分にDFダビド・ルイスを投入する。

 これはアーセナルにとって3人目の交代だったが、審判団が「脳しんとうによる交代枠の追加」を認めて両チームに通達。86分にはMFモハメド・エルネニーを下げ、MFダニ・セバージョスを起用する「4人目」の交代が行われた。

頭部外傷が原因で引退した選手も

 実は「脳しんとう選手が出た場合の交代枠追加」は、Jリーグでも今年から育成年代も含めた全ての試合で適用されることが発表されている。日本では新型コロナウイルスなどの影響によって過密になる日程も考慮され、今季も通常の交代枠は「5人」。そこに脳しんとうの選手が出ると、「1人まで」追加が認められ、最大で交代枠は「6人」になる。

 ちょうど今月20日に開催されたFUJI XEROX SUPER CUP 2021の川崎フロンターレ対ガンバ大阪で、交代枠追加ルールが適用される初めての事例があった。

 64分から途中出場していたフロンターレのMF塚川孝輝は、終盤に味方のDFジェジエウと空中で接触。その際に頭同士でぶつかっており、一時はプレーを続けていたが、周りの選手たちが異変に気付いた。そして大事をとって後半アディショナルタイムの91分に「6人目」の交代枠が追加され、DF車屋紳太郎と交代している(公式記録には「90’+1 川崎F 3 塚川 孝輝 → 7 車屋 紳太郎は脳振盪の疑いによる交代」と記載)。

 ちなみにIFABが試行中の新ルールでは、事前にFIFAやIFABに申請した各競技団体が「各チーム最大1人まで脳しんとうによる交代を認め、規定の交代枠を使い切っていても追加可能(すでに交代要員がいない場合は一度ベンチに下がった選手も再出場も可)」なA案と、「各チーム最大2人まで脳しんとうによる交代を認め、この交代枠が使用された場合に相手チームは理由を問わず同じだけの交代人数を追加可能」なB案のどちらかを選ぶことになっている。

 プレミアリーグでは「B案」が採用され、脳しんとうが発生した場合の交代枠は「最大5人」にまで広がる可能性がある。一方、Jリーグは「A案」を用いるため、同様のケースで交代枠は「最大6人」に拡がる。なお、シティがアーセナル戦で使った交代枠はFWガブリエウ・ジェズスの1人のみだった。

 今後、プレミアリーグのみならずJリーグでも「脳しんとう選手の発生による交代枠の追加」は増えていくだろう。ホールディングや塚川のような事例を軽視せず、ぜひこの機会に脳しんとうや頭部外傷の危険性、そして新ルールの重要性を理解してもらいたい。

 実際、頭部外傷に関連した後遺症によってキャリア続行の道を断たれてしまった選手も少なくない。

 かつてトッテナムでもプレーした元イングランド代表のライアン・メイソンは、ハル・シティ時代の2017年1月にチェルシーのDFガリー・ケイヒルと接触して頭蓋骨を骨折。手術とリハビリを経て復帰を目指していたが、医師からは「セカンドインパクト症候群」のリスクを説かれ、2018年2月に現役引退を決断した。

 26歳という、本来なら最盛期の年齢でプロキャリア継続を諦めなければならなかったのは、もう一度同じような衝撃を受けた際に、死亡率が50%にもなるという「セカンドインパクト症候群」の危険性が拭えなかったからだ。

イングランドで議論が加速した理由

ラウール・ヒメネス
【写真:Getty Images】

 そもそも一度でも脳しんとうを経験した人間は、再び脳しんとうを起こす可能性が、未経験者と比較して何倍にも上がる。もし「セカンドインパクト症候群」を発症して生存したとしても、身体に重い後遺症が残ってしまうリスクもあるという。

 日本では2018年ロシアワールドカップの直前に、当時柏レイソル所属のGK中村航輔が、相手選手と接触した際に脳しんとうと頚椎捻挫を負った。ワールドカップ直前だったが、急ピッチで復帰へのプロセスを進めて無事に本大会にも帯同(出場機会なし)。

 しかし、大会直後の2018年7月、試合中に再び相手選手のひざが中村の頭に入ってしまう激しい衝突があり、ピッチ上で意識を失った。この時も「セカンドインパクト症候群」が心配されたが、中村は幸いにも無事に復帰することができた。再び公式戦のピッチに立つまでには3ヶ月半を要したが、キャリアが絶たれるという万が一の可能性もあった事例と言えよう。

 今季のプレミアリーグでも昨年11月29日にウォルバーハンプトンのFWラウール・ヒメネスが、アーセナルのDFダビド・ルイスと頭部同士で衝突。前者は頭蓋骨を骨折し、受傷から約3ヶ月経った現在も復帰できていない。後者はハーフタイムまでプレーを続けたが、脳しんとうの症状があり交代を余儀なくされた。

 イングランドでいち早く「脳しんとう選手発生による交代枠の追加」の必要性が議論され、試験導入に至ったのは、昨年11月のヒメネスとダビド・ルイスの事例があったからこそだと言われる。サッカーの競技規則を司るIFAB(国際サッカー評議会)が対策に乗り出したことからも、世界的に脳しんとうの危険性が認識されている証拠だ。

脳しんとうのリスクに正しい理解を

 昨季までトッテナムで長く活躍し、今季からベンフィカでプレーするベルギー代表DFヤン・フェルトンゲンも、約9ヶ月にわたって脳しんとうの後遺症に悩まされたと明かしている。元イングランド代表FWのアラン・シアラー氏も、現役時代にヘディングを繰り返したことで記憶力に支障をきたしていると告白した。これも一種の脳しんとうによる影響と考えられている。

 育成年代でのヘディング禁止も議論されるまでになってきていて、世界的に脳しんとうや頭部外傷に対する理解は広まってきている。Jリーグやプレミアリーグで実例が出てきている今こそ、選手生命はおろか日常生活にも影響を及ぼしかねない脳しんとうの危険性について理解を深めるときだ。

 日本サッカー協会も公式サイト上で「サッカーにおける脳振盪に対する指針」として、ピッチ上での対応から復帰までのプロセスに至るまで、脳しんとうに関する詳細な情報を提供している。

 参考までに、ピッチ上で頭部外傷や脳しんとうが疑われる場合の対処方法について引用してみよう。

・呼吸、循環動態のチェックをする。
・呼吸、循環動態のチェックをする。
・意識状態の簡単な確認後、担架などでタッチラインへ移動させる。この際には、頸部の安静には十分に注意する。
・簡易的な脳振盪診断ツール(付図1)を用いて、脳振盪か否かの判断をする。これは、チームドクターによる診断が望ましいが、不在の場合にはATなどが代行する。
・診断ツールで脳振盪が疑われれば、試合・練習から退くべきである。短時間のうちに回復したとしても、試合復帰は避けるべきである。

 これら以外にも、脳しんとうが疑われた場合に事後の24時間以内にすべきことや、ステージ1〜6まで細かく設定された競技復帰に向けたプログラムなども、ぜひ参照してほしい。JリーグやプレミアリーグはIFABやFIFAの求めに応じ、脳しんとうや頭部外傷発生事例のフィードバックも行なっていくことになる。

 脳しんとうを「ただ頭をぶつけただけだから…」と甘くみてはいけない。最悪の場合、命にも関わる深刻なものだ。今回、新たな交代ルールの試行が始まったのは、チームへの責任感から無理にプレーを続けようとする危険な事例を減らすためでもある。もし既存の交代枠を使い切った後に脳しんとうが発生して1人退場すると、自チームは10人になってしまう。

 そうなった時、チームへの責任感からプレーを続けようとする選手がいたり、それを止められなかったりするケースが後を絶たなかった。脳しんとうや頭部外傷のリスクに対する正しい理解を広めるためにも、危険を増幅させるような判断を厳に避け、減らしていかなければならない。

 週末の事例をきっかけに新ルールへの理解が広まること、そしてアーセナルのホールディングやフロンターレの塚川が大事に至らず、無事に復帰してくることを願っている。

(文:舩木渉)

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そのヒントはそれこそ、今に凝縮されている。
感染症を抑えながら経済を回す。世界は今、そんな無理難題に挑んでいる。
同じくアーセナル、特にアルセーヌ・ベンゲル時代のアーセナルは、一部から「うぶすぎる」と揶揄されながら、内容と結果を執拗に追い求めてきた。
そういった意味ではベンゲルが作り上げたアーセナルと今の世界は大いにリンクする。
ベンゲルが落とし込んだ理想にしどろもどろする今のアーセナルは、大袈裟に言えば社会の鏡のような気がしてならない。
だからこそ今、皮肉でもなんでもなく、ベンゲルの亡霊に苛まれてみるのも悪くない。
そして、アーセナルの未来を託されたミケル・アルテタは、ベンゲルの亡霊より遥かに大きなアーセナル信仰に対峙しなければならない。
ジョゼップ・グアルディオラの薫陶を受けたアーセナルに所縁のあるバスク人は、それこそ世界的信仰を直視するのか、それとも無視するのか。

“新アーセナル様式”の今後を追う。

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【了】

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