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「J1はそこで差が出る」“指導者”田中達也はアルビレックス新潟に何を伝えているのか。「本当に細かい話ばっかり」

シリーズ:フットボール批評オンライン text by 野本桂子 photo by ALBIREX NIIGATA

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アルビレックス新潟はJ1に戦いの場を移した今季も、一貫して攻撃的なスタイルを披露している。ベルギーに渡った伊藤涼太郎をはじめ三戸瞬介、小見洋太と次々と若いアタッカーが台頭する影には、昨季から指導者の道に進んだ田中達也アシスタントコーチの献身がある。選手として輝かしい実績を残したFWは、選手たちの成長をどのように後押ししているのだろうか。(取材・文:野本桂子)

「経験不足を感じながら、選手とともに成長する」

 2021年限りで、9シーズンプレーした新潟で現役を引退した田中達也。その翌年、松橋力蔵監督体制となった新潟で、コーチとして迎えられた。「選手に近い感覚を持ったコーチがいてもいいと思う」(寺川能人強化部長)との理由でクラブから抜擢された田中は、攻撃陣の指導を担当。全体練習の中で行われるメニューの構築を手がけるほか、試合や居残りのシュート練習を撮影し、映像を自ら切り出して編集。それをもとに、個別にアドバイスをする時間を設けている。

 選手から「タツさん塾」と呼ばれるきめ細かな指導は、J2最多の73得点という結果でJ1昇格とJ2優勝につながった。J1で戦う今季は、対戦相手の強度が高い守備に苦戦することもある。それでも、新潟らしくパスをつないでゴールに迫るサッカーを貫き、質を高めることに挑戦し続ける。

――コーチになられて2シーズン目。今年はJ1に舞台が移りましたが、いかがですか。

「自分の経験不足をかなり感じながらも、選手と共に成長しています。選手には技術面で成長してほしいですし、そこに対してどうアプローチできるかは、僕自身も成長している段階かなと。本当は僕がしっかりしなきゃいけないんですけど、選手に成長させてもらっています」

――具体的には。

「選手にどう伝えたら、より分かりやすいかなというところです。本当はひと声で分かってもらえたらいいんですけど、顔を見ると、伝わっていないなと感じることもあるので。そういうときは、選手とやり取りしながら進めています」

――達也コーチから見て、あらためて新潟のサッカーの魅力とは?

「ボールを握り続けてプレーするところです。サッカーをする人も、サッカーを見る人も、理想はそこにあると僕は思っているので。ちょっと偏見かもしれないですけど」

「飛び抜けた特長を持つサッカーって魅力的だな」

インタビューに応じるアルビレックス新潟の田中達也コーチ
【写真提供:アルビレックス新潟】

――私自身、取材現場等で他クラブの記者に新潟のサッカーをほめられることもあり、誇らしくなるのですが、達也コーチもサッカー仲間から興味をもたれることはありますか?

「はい。いわきFCの監督をやっている田村雄三っていう、帝京高校の同級生がいて、7月度のJ2リーグ月間監督賞もとっていたんですけど。その雄三が去年、いわきのスポーツディレクターをしていたときに、アルビのサッカーに興味を持ったみたいで、『どういうトレーニングをしているの』と電話で聞かれて、1時間ぐらい話したことがあります」

――新潟のようなサッカーがやりたいということでしょうか。

「いや、いわきはスタイルも違います(笑)。でも僕も、マンツーマンで守備をするような(マルセロ・)ビエルサのサッカーとか、自分たちのスタイルとは違うチームを見ることもありますし、いろんなサッカーを見るのは大事だと思います。僕は繋ぐサッカーが大好きですけど、守備を重視するチームの試合も見てみたい。そういう意味で、雄三もシンプルにアルビのサッカーに興味を持ってくれたのだと思います。それはうれしいことですね」

――達也コーチは2012年、浦和から新潟に加入しましたが、当時指揮をしていた柳下正明監督(現・金沢監督/12年6月〜15年まで新潟の監督)は、ハイプレスからのショートカウンターというスタイルを新潟に植え付けました。そのサッカーも魅力的でしたね。

「いや、本当にそうです。特に13年のリーグ後半戦は、本当に負けなかった(11勝2分4敗、ホーム9試合全勝でフィニッシュ)ので、やっている選手も楽しかったですし。そういう、何か一つ飛び抜けた特徴を持っているサッカーって、魅力的だなと思いますね」

――新潟で21年まで現役選手として9シーズンを過ごし、22年からコーチを務めて2シーズン目。今のスタイルに至るチームの変化はどう見ていますか。

「アルベル(前監督)は2年をかけて、新潟に『ボールを愛する』サッカーの基盤を作ってくれました。リキさん(松橋力蔵監督)は、そこから具体的にどう攻めるのかを示してくれた。みんなが憧れるサッカーをやりながらチームをつくっていますし、その中で、去年は結果も出ました」

「J1で戦う今年は、質をもう一段階上げていかなきゃいけないところなのかなと。例えば、去年は相手が1人で1メートル守っていたところが、今年は1人で1.5メートルぐらい守れる。相手の守備の強度が上がっているので、なかなか去年みたいに勝点を取れてはいないですが、スタイルを曲げないところは新潟の魅力なのかなと思っています」

「そんなこと言ったらリキさんに怒られちゃうかも知れないけど(笑)」

練習で指導するアルビレックス新潟の田中達也コーチ
【写真提供:アルビレックス新潟】

――達也コーチは攻撃の指導を担当されています。練習内容で、J1になって去年と変化したことはありますか?

「変わっていないです。僕はオフ明け2日目に、アタッカーの選手を集めて行う攻撃練習を担当しています。練習内容は、分析を担当する赤野祥朗テクニカルコーチや池澤波空テクニカルコーチとも話しながら考えます。対戦相手の弱点と新潟の選手の強みを踏まえて『こうやって崩した方がいいかな』とパターンを決めてやっています。練習通りの形がそのまま試合で出ることはないですけど、崩しのイメージは共有できたらいいなと思っています」

――今年、それがうまくいったという試合はありますか?

「去年ほど得点まではいけていないですけど、試合の流れの中で、ワンタッチでポンポンポンとうまく崩せた場面はあります。今、すごく感じているのは、最後は個なのかなと。『最後は1対1の局面で勝たなければいけない』ということも、アタッカーの選手に伝えています」

「例えばペナルティーエリア内でぱっとボールをもらって1対1なら、それ以上の崩しは、必要ないと僕は思っています。J1レベルでは、そこからそれ以上の崩しはなかなかできないので。あとは『自分の特徴を出そう』と。リキさんも『自分は何者なのかを示せ』と話していますが、それは常にアタッカーの選手に話しています」

――達也コーチは現役時代、ドリブルという特徴を発揮していました。

「僕自身、ドリブルからシュートが決まる確率が高かったので、それを選択していました。選手にも、確率の話をします。例えば、ドリブルが好きで1対1に強い選手の場合、仕掛けて自分で打つのか、スルーパスを出して別の選手が打つのか。そういう場面の切り取り映像を見せて『どっちの確率が高いと思う?』と聞いたりします。『お前はボールを持ったときに違いを出せるよね。けど、ドリブルだけになっちゃ駄目だし、パスだけになっても駄目。でも俺はやっぱりドリブルが一番に来てほしいな』って。そんなことを言ったらリキさんに怒られちゃうかも知れないけど(笑)。あとは自信。思い切って、迷わないことが一番大事だと思います」

「本当に細かい話ばっかり」「J1はそこで差が出る」

――達也コーチは、選手から通称「タツさん塾」と呼ばれる、アタッカーの選手への個別指導を行なっています。試合後、出場した選手別に主要な場面の映像を切り取って、週明けにそれを見せながらアドバイスを行なっているそうですが。

「本当に細かい話ばっかりしています。切り取って見せる映像も、いいところばかりにならないように意識しています。僕が話すのは、フォワードの動き方。映像は、試合をスタンドの上から撮った俯瞰の映像を使います。その映像を見て、例えば、ボールの置き所で『ボール1個分こっちのほうが良かったね』とか、ステップの話で『ここは右足からの方が良かったんじゃない』みたいな。そういう技術的なところと、ポジショニング。大きくは、その2つです」

――そういうディテールの質が、勝負を分ける大事なポイントということですね。

「J1は、そこで差が出ると思います。1対1で簡単に抜かせてくれるDFはいないので、優位に立つにはオフザボールの動き出しで背後を取っちゃえばいいんじゃないとか。そういう細かいところを話します」

「あとは上から撮影した映像を見ることで、自分がピッチ内で見えていた平面に捉え直してもらっています。選手が『勝負できないと思ったからパスした』という場面でも、俯瞰した映像で『この角度なら勝負できるよ』と伝えることもあります」

――「タツさん塾」について去年、伊藤涼太郎選手(現シント=トロイデンVV)に聞いたときに、「自分自身のプレーをこれほど見直したのは人生で初めてだった」と言っていたんです。伊藤選手がどんどん活躍していったのは、その成果でもあるのでしょうか。

「涼太郎は、アルビで一番トレーニングをしていました。全体練習の後も、最後までボールを蹴っていましたし、室内のトレーニングもしっかりやっていて。意外ですよね。天才肌なので、気分屋なのかなと周りの方は思うかもしれないですけど」

「涼太郎を見て、俊さん(中村俊輔氏/現横浜FCコーチ)を思い出しました。日本代表で一緒にやらせてもらったときに、俊さんもそうだったなって。代表って練習が終わったら、割とみんなパーっと引き上げるんですよ。バスで一緒に帰るから。けど俊さんは、それでもずっとボールを蹴っていました。『俊さん、まだ上がってこない』みたいな。俊さん、フリーキックうまいじゃないですか。やっぱり、すごく練習しているんです」

――伸びていく資質が見えた部分はありましたか?

「涼太郎は自分に厳しかったと思います。試合の振り返りをするとき、例えば、去年は(鈴木)孝司と2トップ気味でやっていたので『距離感はどうだった?』といったことを投げかけるんですけど、『いや、もうちょっとできました』とか、シュートを決めた試合でも『もう1点いけました』とか、そういう言葉が常に出ていました」

「僕が言ったから直るというわけではないですが、涼太郎には、さらにクオリティーを求めるための映像を見せていました。パスが通らなかった場面を見せて『これは絶対に通そうな』と。あるいは通せた場面でも『上から通していたけど、涼太郎ならもう一つ難しい、グラウンダーでアウトを使いながら通せるよ』と具体的に提示して、『今度そういうタイミングがあったら使ってみて』と。同じような海外サッカーの場面も一緒に見せてイメージを伝えていました。今もほかの選手とそうしたことをやっています」

「自分たちのスタイルでもっと崩せる」

――今年、いい形が出たなと感じた場面はありますか。

「個人的には、三戸舜介の(横浜F・)マリノス戦のミドルシュート(J1第13節)。『三戸なら、ああいうゴールはたくさん決められるよね』って話しましたし、それはチームメイト全員が思っていると思います。落ちついて打てば、あのくらいのシュートは練習でもバンバン出ているので」

――確かに、あれこそ三戸選手らしさが、思い切り出せていた場面でしたね。

――松橋力蔵監督が「J1は自分たちの力を引き出してもらえる舞台だ」とおっしゃられている中で、達也コーチはどうとらえていますか。

「海外に行く選手が、涼太郎を含めて身近な選手の中からどんどん出てきている。J1はより評価される場所だから、活躍すれば海外に行けるし、日本代表にも呼ばれる。自分たちにもそういうチャンスが目の前にあるんだなとより感じているんじゃないですか」

――そういう意味では、『もっともっと』という欲みたいなものは尽きないですね。

「はい。選手にはそれがないと絶対に駄目です。J1にいること自体に誰1人として満足していないし、『もっとできる』って、選手は感じているんじゃないですかね。自分たちのスタイルで、もっと崩せると感じていると思います」

「『(形は)何となくでいいよ』とも伝えています」

身振りを交えて指導するアルビレックス新潟の田中達也コーチ
【写真提供:アルビレックス新潟】

――J1でも新潟のスタイルを確立してきた中で、松橋監督は「サッカーは即興性も大事」という言葉をたびたび口にされています。

「先ほども話したように、僕は攻撃陣の週1回のトレーニングで、崩しの形を提示していますが、必ずしも同じ形が試合の中で起きるわけじゃないので、『(形は)何となくでいいよ』とも伝えています。ただ、ワンタッチでつながる感覚は大事にしています」

「例えば攻撃のスイッチが入るパスがパーンと入ったときに、練習で提示したのとは違う形かもしれないけど、ワンタッチのリズムが始まったら、流れに逆らわないこと。それを普段のトレーニングからやっていれば、試合でも必要ないコントロールが入ったりしないと思うので。それは1年半、ずっと意識づけています。技術的なところで言えば、そういう部分が即興性のある攻撃にもつながるのかな。」

――リーグ戦も残り3分の1となりました。さらにチームの攻撃力を高めていくために、達也コーチはどんなところに力を注いでいきたいですか。

「攻撃陣のクオリティーを上げること。個の技術も大事ですけど、即興性という話も受けて、選手同士の関係性をもっともっと確立できればなと。それはワンタッチのコンビネーションだけじゃなくて、出し手と受け手のタイミングを合わせていく質。『この選手がボールを持ったらいいパスが出てくるよ』とか」

「あとフォワード陣は『パスが出てこないけど、いい動き出しだね』という回数がもっと増えればなと。出し手と受け手って、ジャストで合うことがなかなかない。だけど、まず受け手がいい動き出しを、いいタイミングですることが大事。そこを普段の練習でも注目しています」

――達也コーチも選手時代、惜しみなく何度でも動き出していましたもんね。

「まあ、今の選手は自分でもボールを持てるので、両方ですね。でも、常にゴールを脅かすようなプレーはしてほしいなと思います。僕自身、チームとしての攻撃の質と、個としての質。その両方の質を、さらに高めることにこだわって指導していきたいですね」

(取材・文:野本桂子)

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