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フォーカス 9か月前

大失敗…。海外からあっという間に帰国した日本人選手5人。ステップアップがうまくいかなかった有力選手たち

シリーズ:編集部フォーカス text by 編集部 photo by Getty Images

MF:梶山陽平(かじやま・ようへい)

FC東京などで活躍したMF梶山陽平
【写真:Getty Images】

生年月日:1985年9月24日
移籍先:FC東京→パナシナイコス(ギリシャ)
移籍先でのリーグ戦戦績:7試合0ゴール1アシスト
在籍期間:2013年1月〜2013年6月

 FC東京で長く活躍した梶山陽平は、2013年にギリシャの名門パナシナイコスへ移籍し、欧州挑戦に踏み出した。しかし、成功には至らず、半年で日本復帰を選んだ。

 FC東京の下部組織で育った梶山は、17歳でJ1デビューを果たし、2004年にはJリーグ優秀新人賞を受賞。その世代を代表する天才MFとして知られ、各年代のサッカー日本代表でもプレーした。

 2008年の北京オリンピック(五輪)では、U-23日本代表の主力として出場している。

 当時のメンバーは、本田圭佑、香川真司、長友佑都、内田篤人、岡崎慎司といった、のちにA代表の主力となる選手たちがそろっていたが、その中で背番号10を背負っていた事実からも、梶山が特別な存在であることがうかがえる。

 2009年にケガによる長期離脱を経験したあとも、梶山は圧倒的な技術でFC東京の主力として活躍。選手として脂が乗る27歳のとき、満を持してパナシナイコスへと渡った。

 しかし、ギリシャの名門パナシナイコスは、2012/13シーズンを6位で終えたことからも分かるように、チーム状況が良くなかった。周囲を活かすプレーメーカーである梶山は、大きなインパクトを残せなかった。

 自身の状態も良くなかった。

 梶山は2020年、FC東京の育成時代のチームメートだった李忠成のYouTubeチャンネルに出演した際、本来であればもっと早く海外に挑戦したかったが、負傷により阻まれたことを明かした。

 パナシナイコス時代もケガによりシーズン終盤はほとんどプレーできない状況だったため、日本に戻ることを選んだと語っていた。

 華やかな才能を持つ梶山だが、タイミングと運が道を左右したと言えそうだ。

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