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大失敗…。海外からあっという間に帰国した日本人選手5人。ステップアップがうまくいかなかった有力選手たち

シリーズ:編集部フォーカス text by 編集部 photo by Getty Images

MF:山口蛍(やまぐち・ほたる)


【写真:Getty Images】

生年月日:1990年10月6日
移籍先:セレッソ大阪→ハノーファー(ドイツ)
移籍先でのリーグ戦戦績:6試合0ゴール0アシスト
在籍期間:2016年1月〜2016年6月

 元サッカー日本代表の山口蛍は、2016年にドイツ・ブンデスリーガのハノーファーで欧州挑戦に踏み切ったが、わずか半年で日本に帰国することとなった。

 セレッソ大阪の育成組織で育った山口は、2012年にトップチームで定位置をつかむと、翌2013シーズンにはJリーグベストイレブンに選出されるまでに成長した。

 2014年にはFIFAワールドカップ(W杯)にも出場し、日本を代表するMFとしての地位を確立した。

 しかし、セレッソは2014シーズンのJ1を17位で終えてJ2に降格すると、2015シーズンはあと一歩のところで昇格を逃し、2016シーズンもJ2で戦うことが決定。このタイミングで山口は欧州移籍を決断した。

 しかし、この挑戦はタフなものとなった。当時ハノーファーは残留争いの真っ只中で、山口はチームを救う助っ人としてシーズン途中に加入した。

 すぐに起用されるようになったが、3月30日の日本代表対シリア代表において、鼻骨骨折および左眼窩底骨折の重傷を負い、シーズンの残り試合を欠場した。

 結局、ハノーファーはブンデスリーガに残れず2部降格が決定。助っ人の山口はセレッソに復帰することになった。結局、欧州での実質的な出場は3カ月間で、6試合にとどまった。

 それでも帰国後はセレッソのJ1復帰に貢献し、のちに移籍したヴィッセル神戸ではクラブ初のJ1優勝も経験した。

 欧州での短期挑戦が、むしろ日本での成長を後押ししたともいえるキャリアを築いている。

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【了】

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