
鹿島アントラーズの師岡柊生【写真:Getty Images】
4月12日に左アキレス腱断裂の怪我から復帰し、29日に行われた東京ヴェルディ戦で先発出場を果たした師岡柊生。復帰後初スタメン起用を受けるも、明治安田J1百年構想リーグ初黒星を喫してしまう。約1年ぶりにスタートから出場した背番号19が、敗戦後の取材エリアで語ったこととは。(取材・文:藤江直人)[2/2ページ]
浦和レッズ戦での反省を克服したが…「まだまだ全然ダメだな」

浦和レッズ戦の濃野公人と師岡柊生【写真:Getty Images】
「(サインに関しては)しっかりとチェックして、覚えていました」
対照的にサインの習熟を含めて準備をしっかりと積んで臨んだヴェルディ戦。ゴール中央を狙った最初のCKの流れから、最後はDFキム・テヒョンが利き足の左足で強烈な一撃を放っている。
相手にブロックされて再びCKとなった場面を、師岡は「点にならないと意味がない」と自らを戒めるように振り返る。
後半は途中出場の柴崎がキッカーを務めた展開を含めて、あらためて自らにダメ出しした。
「まだまだ全然ダメだな、というのを感じました」
東京国際大学からジュビロ磐田への加入が内定していた2022年8月。外国籍選手の契約規律違反に伴い、国際サッカー連盟から選手の新規登録を禁止された磐田の緊急事態に伴って加入内定が解除された。
直後にオファーを出した鹿島で踏み出したプロのキャリア。2年目の2024シーズンに出場32試合、3ゴールをあげて頭角を現し、鬼木体制となった昨シーズンも開幕から11試合連続で出場していた。
常にハードワークを惜しまず、攻守両面で献身的にプレーするスタイルで居場所を築きあげていた直後に見舞われた悪夢。手術をへてリハビリに入った師岡は、自身の体に生じていた異変に初めて気がついた。
右足と比べて大怪我を負った左足が明らかに痩せ細っている。師岡の脳裏にこんな思いが浮かんだ。
チームメイトの復帰を見て「自分も早く復帰しなきゃ」

町田ゼルビア戦での復帰した関川郁万【写真:Getty Images】
「サッカーができるようになるのかな、と。いまはもう大丈夫ですけど」
左足の筋肉量を増やすメニューを意図的に増やし、再発への不安を打ち消してきた。
ほぼ同じ時期に大怪我を負い、戦線離脱を強いられた関川郁万、安西幸輝と励まし合いながら前へ進んできた日々でもあった。
3月18日のFC町田ゼルビア戦で関川郁万が、4月4日の水戸ホーリーホック戦では安西が復帰した。
「自分も早く復帰しなきゃ、という思いは頭のなかにずっとありました」
こう振り返る師岡は“復帰”という最初のハードルを越え、大型連休の過密日程下で先発に名を連ねた。
戻ってきたからには完全なる戦力と見なされる。チームリーダーの一人、鈴木はこう語る。
「これからも、そして来シーズンからも連戦がいろいろな舞台で始まる。
11人だけじゃ勝てないし、いろいろな選手が出て勝つのが鹿島だと思っているので、自分も含めてさらに質を高めていきたい」
ピッチへの帰還を祝福される時期はもう過ぎ去った。勝利に貢献して初めて評価される。
鹿島イズムが骨の髄まで染みついているからこそ、師岡はあえて「最悪」という言葉を自身へ向けながら前へ進んでいく。
(取材・文:藤江直人)
【著者プロフィール:藤江直人】
ふじえ・なおと/1964年、東京都渋谷区生まれ。早稲田大学第一文学部卒業後の1989年に産経新聞社に入社。サンケイスポーツでJリーグ発足前後のサッカー、バルセロナ及びアトランタ両夏季五輪特派員、米ニューヨーク駐在員、角川書店と共同編集で出版されたスポーツ雑誌「Sports Yeah!」編集部勤務などを経て07年からフリーに転身。サッカーを中心に幅広くスポーツの取材を行っている。サッカーのワールドカップは22年のカタール大会を含めて4大会を取材した。
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