2026 FIFAワールドカップ(W杯)のサッカー日本代表メンバー発表が目前に迫り、日本中がその選考に熱い視線を注いでいる。過去の大会を振り返れば、土壇場で滑り込み脚光を浴びた「サプライズ」が語り継がれる一方で、それまで「当確」と目されながらも、直前で夢の舞台を逃した選手たちも少なくない。今回は、W杯直前にチーム内での序列を落とした選手をピックアップして5人紹介する。[2/5ページ]
MF:中村俊輔
生年月日:1978年6月24日
日本代表通算成績:98試合24ゴール25アシスト
サッカー日本代表として98試合に出場した中村俊輔。日本を代表するファンタジスタとして長く君臨した偉大な選手だが、自国開催となった2002 FIFAワールドカップ(W杯)のメンバーからは落選した。
横浜F・マリノスの中心選手だった中村は、2000年にA代表デビュー。同年、アジアカップ制覇の原動力となるなど、フィリップ・トルシエ監督体制の中核を担っていた。
しかし、当時の日本の中盤は黄金世代がひしめく激戦区。中田英寿、小野伸二、小笠原満男といった天才たちが揃い、4−4−2を使うときでも左サイドには三都主アレサンドロなどがいたため、ポジション争いは熾烈を極めていた。
中村は2021年に公開された鈴木啓太のYouTubeチャンネルに出演して当時を振り返り、「選ばれない理由はだいたい分かっていた。トルシエが望んでいるであろうことができていなかった」と述懐した。
具体的には、「フィジカル的なところ。戦える選手だというところで足りなかった」とし、さらに「ベンチに置いたとき、(周囲を盛り上げる姿勢が)表に出るタイプじゃない」とも語り、メンタル面での貢献が不足していたと分析した。
日韓W杯での挫折を経て、中村はイタリアのレッジーナへと渡り、欧州の舞台でさらなる進化を遂げることになる。
あの日の屈辱的な落選が、その後の「日本の至宝」をより強く、逞しく育て上げた側面は否定できない。

