
川崎フロンターレの持山匡佑【写真:Getty Images】
約半年間、ベンチ外の日々が続いた持山匡佑が、ついに等々力のピッチへ立った。途中出場ながら果敢なシュートで存在感を放つと、PK戦では勝利を呼び込むキックも成功。川崎フロンターレの若きFWは、多くの先輩たちに支えられながら、大きな一歩を踏み出した。(取材・文:元川悦子)[2/2ページ]
「憲剛さんはつねに…」

川崎フロンターレの中村憲剛デベロップメントコーチ【写真:Getty Images】
「憲剛さんには『おめでとう、よかったね』と握手されました。憲剛さんはつねにいろいろ気にしてくれますし、時には結構強く言ってもらっています。
大学時代から言われているのは守備の強度やハードワークといった短所の部分なんですけど、そこをずっと言ってくれるのは本当に有難いです」
持山自身は神妙な面持ちでこう話したが、中村コーチ自身も「彼の課題は持続力」とズバリ指摘していた。
それが多少なりともついてきたからこそ、長谷部監督は町田戦という難しいゲームの重要局面で送り出したのだろう。
若きFWは自分がやるべきことを再確認できたのではないか。
さらに、持山を支えたもう1人のキーマンがキャプテン・脇坂だ。
「練習後に個人的に呼んで…」

川崎フロンターレの脇坂泰斗【写真:Getty Images】
「個人的にはキャンプの時から匡佑を推していました。彼がFWで出た時には気が利くというか、南米系の嗅覚みたいなところがすごくあったので、『一緒に出れば面白いことになるだろう』と感じていたんです。
先月くらいかな。ちょっと落ちているというか、自分自身を前向きに成長させる方向に向けていないという感じがしたので、練習後に個人的に呼んで、『今は苦しい時期だけど、そこでやらないと。周りに流されちゃダメよ』と言いました。
『お前はまだ半年だけど、俺なんか1年間ずっとこれ(ベンチ外)をやってたぞ』と伝えたら、本人の目が変わった感じがした。僕自身も言うのを迷っていたんですけど、今日初出場でPKを決めてくれて、本当に嬉しかったですね」とキャプテンはしみじみとコメントしていた。
持山自身もメンバー外が続いたどん底の時に声をかけてくれた先輩に心から感謝をしているようだ。
「(1か月前のアドバイスは)言葉の重みもありましたし、『落ちたら何もない』『やり続けるしかない』という思いになれたので、本当に有難かった。
今日もピッチに入ってすごく声をかけてくれたのでやりやすかった」と背番号「20」は脇坂とのホットラインにも手ごたえをつかんだ様子だった。
川崎の最前線にはラザル・ロマニッチやエリソンもいるし、大ベテランの小林悠、静学の後輩に当たる神田奏真もいて、競争は厳しい。
それでも中村コーチが求める「持続力」を出し続け、脇坂に言われた「流されない」ということを貫いていけば、必ず光明が見えてくる。
偉大な先輩たちの力も借りながら、若き点取り屋はここから一気に成長曲線を引き上げていくはず。26/27シーズン以降の飛躍を楽しみに待ちたいところだ。
(取材・文:元川悦子)
【著者プロフィール:元川悦子】
1967年、長野県生まれ。94年からサッカー取材に携わり、ワールドカップは94年アメリカ大会から2022年カタール大会まで8回連続で現地に赴いた。「足で稼ぐ取材」がモットーで、日本代表は練習からコンスタントに追っている。著書に『U-22』(小学館)、『黄金世代』(スキージャーナル)、「いじらない育て方 親とコーチが語る遠藤保仁」(NHK出版)、『僕らがサッカーボーイズだった頃』シリーズ(カンゼン)などがある。
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