フットボールチャンネル

J1 5時間前

「僕はそれを証明したい」サンフレッチェ広島、大内一生の不安は自信へ。大迫敬介に「少しでも喜んでもらえるように」【コラム】

大内一生 サンフレッチェ広島
サンフレッチェ広島でプレーする大内一生【写真:Getty Images】



 明治安田J1百年構想リーグ地域リーグラウンドの全日程が終了した。4位フィニッシュしたサンフレッチェ広島は、AFCチャンピオンズリーグエリート(ACLE)も並行して戦い、変則的な日程にも対応する必要があった。日本代表の活動およびFIFAワールドカップ(W杯)の影響で、出場機会を得た守護神がいる。J3の松本山雅FCから移籍してきた、大内一生だ。(取材・文:藤江直人)[2/2ページ]

「迷わずに移籍を決断しました」

大内一生 サンフレッチェ広島
松本山雅FC時代の大内一生【写真:Getty Images】


「小学生時代の最後の大会でゴールキーパーが怪我でいなくなって、チームの監督に『キーパーをやってくれ』と言われて大活躍して、そこから『キーパーでやっていこう』と思うようになりました」

 すぐに横浜FCでスカウトされて、ユース時代の2018年の誕生日に日本国籍を選択した。

「すでに世代別の日本代表に呼ばれていましたし、そういうものを含めて最終的に決断しました」

 こう振り返った大内は、横浜FCから期限付移籍したY.S.C.C.横浜やAC長野パルセイロ、鹿児島ユナイテッド、2024シーズンからは完全移籍した松本山雅でJ3リーグだけで130試合に出場してきた。

 迎えた昨年末。J1広島から望外のオファーが届いた。当初は半信半疑だったと大内は笑う。

「さすがに驚いたので、代理人に『本当ですか』と聞いて。もう迷わずに移籍を決断しました」

 当時にこれまでの所属クラブでは「1」か「31」だった背番号を、たっての希望で「99」にした。

「空いている背番号を言われたときに、キーパーらしい番号がありませんでした。ただ、よく考えてみたらドンナルンマもACミランで『99』をつけていたので、ちょっと真似してみようと思って」

 ミランのユース出身で、2015シーズンから7年間所属したジャンルイジ・ドンナルンマ(現マンチェスター・シティ)はひとつ年上であり、いろいろな意味で意識してきた存在だった。

試合後に大迫敬介からかけられた言葉

サッカー日本代表の大迫敬介
サッカー日本代表の大迫敬介【写真:Getty Images】


「自分もよく映像を見ているし、ある意味で目標としているゴールキーパーなので」

 広島で背中を追う関係になった大迫も実はひとつ年上。リスペクトの思いを込めて大内が言う。

「世代別代表のときから意識していましたし、ワールドカップに臨む日本代表のメンバーに入ったのは本当にすごい。その彼と毎日練習できているのは僕の財産ですし、これからも食らいついていきます」

 試合は4-2で広島が勝利して、WESTグループの首位通過を狙った名古屋をねじ伏せた。

前半アディショナルタイムに山岸祐也に決められた同点弾だけではない。4-1で迎えた67分に森島司に叩き込まれたミドル弾を反省しながらも、大内はJ1公式戦で初めて手にした白星に笑顔を浮かべている。

「プレーするカテゴリーに関係なく、コツコツと積み上げていくものがあれば、上のカテゴリーでも問題なくやれる。僕はそれを少しでも証明したいので、引き続き謙虚に、かつコツコツとやっていきたい」

 試合後には大迫から「安定していたよ」とプレーを称賛された。来月早々に大舞台での戦いへ向けて日本を旅立つ身近なライバルへエールを送った大内のなかで、留守を預かる覚悟はさらに強くなった。

「(ワールドカップから)帰ってきたときに少しでも喜んでもらえるように。次も頑張ります」

 一夜明けた24日に地域リーグラウンドは全日程を終え、3連勝で締めた広島はWESTグループの4位でフィニッシュ。EASTグループ4位の川崎フロンターレとプレーオフラウンドで激突する。

 30日にホームで、6月6日にはアウェイで待つ戦いへ。J3の舞台で実力を磨き、いつかは父の母国イタリアでプレーしたいと夢見る身長186cm・体重82kgの大内が、プロ8年目で念願の大一番に臨む。

(取材・文:藤江直人)

【著者プロフィール:藤江直人】
ふじえ・なおと/1964年、東京都渋谷区生まれ。早稲田大学第一文学部卒業後の1989年に産経新聞社に入社。サンケイスポーツでJリーグ発足前後のサッカー、バルセロナ及びアトランタ両夏季五輪特派員、米ニューヨーク駐在員、角川書店と共同編集で出版されたスポーツ雑誌「Sports Yeah!」編集部勤務などを経て07年からフリーに転身。サッカーを中心に幅広くスポーツの取材を行っている。サッカーのワールドカップは22年のカタール大会を含めて4大会を取材した。

【関連記事】
一番大変なのは? Jリーグ百年構想リーグ、サポーターの総移動距離ランキング1~5位。過酷なアウェイ遠征
明治安田Jリーグ百年構想リーグ ユニフォーム記事一覧
日本では監督との間に壁がある。でも、外国人監督はフラットだった。日本は全員を守ろうとして自分が死ぬ【ポープ・ウィリアム手記】

『フットボールチャンネル』でサッカー最新情報を見よう!
いち早くチェックしたい方は下記リンクから↓↓


【了】

1 2

KANZENからのお知らせ

scroll top
error: Content is protected !!