
サンフレッチェ広島時代の青山敏弘(右)と森保一監督(左)【写真:Getty Images】
FIFAワールドカップ2026(北中米W杯)で、日本代表はオランダ代表と2-2で引き分け、貴重な勝ち点1を獲得した。日本代表を率いる森保一監督と、サンフレッチェ広島で約6年間をともに戦ったのが青山敏弘だ。広島の3度のリーグ優勝を支えた元主将は、恩師をどのような人物として見ているのか。森保イズムを誰よりも理解し、現在は広島でコーチを務める青山に話を訊いた。(取材・文:竹中愛美)[2/2ページ]
【単独インタビュー/取材日:6月12日】
「森保さんの言葉は本当に力があるというか…」

2024年12月1日、現役引退セレモニーでスピーチする青山敏弘【写真:Getty Images】
青山にとって森保監督は、サッカーの監督以上の存在でもある。
「真面目ですよね。本当に一生懸命な方だなと思います。プレー以外でも森保さんにだったら相談できる。実際、プライベートの部分含めて助けてもらったことがたくさんあった」
選手としてだけではない。一人の人間として向き合ってくれる。
「その選手の人生を一緒に背負ってくれている感じがすごくあります」
青山の口から度々発せられた「目線を合わせてくれる」、「一緒に戦ってくれている」という言葉。森保監督が分け隔てなく、誰に対しても対等に向き合ってきたからこそ、その言葉には重みがあるのかもしれない。
2024年12月の青山自身の現役引退セレモニーで、森保監督は青山へこんなメッセージを送っている。
「アオは常に目の前のことに向かって、がむしゃらにひたむきに全力で取り組む姿勢を伝えてくれる。ぜひサンフレッチェ広島で監督になってください」
青山は、その言葉をしっかりと、真っ直ぐに受け止めている。
「監督がそうおっしゃるなら、なぜかできそうな気がしますね」
信頼する人からの言葉だからこそ、背中を押される。
「森保さんの言葉は本当に力があるというか、嘘がない。その言葉に後押ししてもらえるパワーがあるので、受け止めて、監督を目指したいなと思わせてもらえますね」
それは20年以上前、選手寮で聞いた言葉と何も変わっていない。
森保イズムを受け継ぐ者として

現在はサンフレッチェ広島のコーチを務める青山敏弘【写真:Getty Images】
現在、青山は広島のトップチームのコーチとして指導者の道を歩み、2年目を迎えている。
指導者になったからこそ、改めて森保監督の凄さを実感する場面も多い。特に印象に残っているのは、トレーニング中の姿だ。
うまくいかないプレーがあったとき、森保監督は自らボールを持ってきて、選手にやってほしいプレーを実演するのだという。
「こういうプレーをしてほしいんだって。それが上手いとか、下手とかじゃなくて、そうやって示すことがすごいなって。だから、伝えたい思いとか、そういう熱い姿勢にすごく引き込まれていたなと思って」
技術を見せつけるためではない。伝えたい思いを体現するためだった。
「森保さんがグラウンドで本気でダッシュして、ディフェンスしに行ったり、そういう熱い思いや気持ちは僕もグラウンドで出して伝えていきたいなと」
指導者になったことで、その意味がより深く理解できる。
「伝えたい思いはもっともっと出していきたいなって。じゃなきゃ伝わんないんだなって思いましたね」
森保監督率いる日本代表は、いまW杯優勝という大きな目標に向けて戦っている。
その歩みを広島から見守る青山は、かつて恩師から受け取った言葉や姿勢を、今度は指導者として次の世代へ伝えていこうとしている。
森保監督の言葉が人の心を動かすのは、そこに嘘偽りがないからだろう。その背中を最も近くで見てきた青山もまた、受け継いだ思いや姿勢を胸に、広島で指導者としての日々を重ねている。
(取材・文:竹中愛美)
【著者プロフィール:竹中愛美】
1990年、北海道生まれ。Jリーグ開幕で世の中がサッカーブームに沸いていた幼少期、「入会したらヴェルディ川崎のボールペンがもらえる」の一言に釣られて地元のクラブでサッカーを始める。以降、サッカーの魅力に憑りつかれた日々を送ることに。ローカルテレビ局時代に選抜甲子園や平昌冬季五輪、北海道コンサドーレ札幌などを取材し、2025年よりカンゼンに所属。FWだったからか、この限られた文字数でも爪痕を残したいと目論むも狭いスペースの前に平伏す。ライターとして日々邁進中。
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【了】
