サッカー日本代表は、FIFAワールドカップ2026(北中米W杯)でここまで躍動している。しかし、過去のW杯では、周囲の期待に応えられずに終わったスター選手も少なくない。今回は、W杯に出場した過去の日本代表選手で、W杯の舞台で輝けなかった選手を5人紹介する。[2/5ページ]
MF:中村憲剛(なかむら・けんご)
生年月日:1980年10月31日
日本代表成績:70試合6得点
2010年W杯成績:1試合0ゴール0アシスト
【本来の実力を…】
川崎フロンターレの「バンディエラ」として偉大な足跡を残した中村憲剛だが、2010年の南アフリカワールドカップ(W杯)では、本来の実力を発揮しきれずに大会を終えた。
2006年にイビチャ・オシム監督のもとでA代表デビューを飾った中村は、卓越した戦術眼と正確なパスを武器に台頭。その後に就任した岡田武史監督の体制でも、トップ下やボランチを主戦場に中盤のタクトを振るった。
しかし、W杯イヤーの2010年2月に行われたAFCチャンピオンズリーグ(ACL)の試合中にあごを骨折するアクシデントに見舞われた。それでも4月に復帰を果たすと、W杯メンバー23人に滑り込む。
【合わなかった呼吸】
だが、グループリーグでは出番が訪れず。初の出番は、決勝トーナメント1回戦のパラグアイ戦だった。0-0の緊迫した展開が続く後半終盤からからピッチへ投入されると、疲弊する相手の隙を突く鋭いパスで攻撃を活性化させた。
延長後半には、岡崎慎司のヒールパスから玉田圭司がクロスを入れる決定機を迎えたが、マイナスでグラウンダーのパスを受けるイメージだった中村は、浮き球のクロスに触れず、ボールは無情にも反対サイドに流れた。
結局最後までゴールは生まれず、日本はPK戦で敗退した。
中村は、限られた時間で存在感を示したものの、勝利に直結する決定的な仕事はできず。悲願のベスト8進出を逃した悔恨のシーンとともに、不完全燃焼のまま自身唯一のW杯を去ることとなった。

