サッカー日本代表は、FIFAワールドカップ2026(北中米W杯)でここまで躍動している。しかし、過去のW杯では、周囲の期待に応えられずに終わったスター選手も少なくない。今回は、W杯に出場した過去の日本代表選手で、W杯の舞台で輝けなかった選手を5人紹介する。[3/5ページ]
FW:柳沢敦(やなぎさわ・あつし)
生年月日:1977年5月27日
サッカー日本代表成績:58試合17ゴール9アシスト
2006年W杯成績:3試合0ゴール0アシスト
【決定的シーンで…】
鹿島アントラーズのレジェンドであり、2000年代の日本代表を前線から支え続けた柳沢敦は、傑出したオフザボールの動きで長らく重宝されたストライカーだが、2006年のドイツワールドカップ(W杯)は、キャリアにおいて最も苦い記憶として刻まれている。
ジーコ監督率いる当時の日本代表は、欧州組を多数擁し「史上最強」との呼び声も高かった。当然、2002年日韓大会のベスト16を超える結果が期待されていたが、チームはグループリーグ敗退という厳しい現実に直面した。
崩壊したチームの矛先は、ある決定的なシーンへと向けられることとなった。
それは勝負の行方を大きく左右した第2節クロアチア代表戦でのこと。後半立ち上がり、右サイドをワンツーで崩した加地亮からの絶妙なクロスがゴール前に通る。あとは枠へ流し込むだけという絶好機を迎えたが、柳沢が右足で合わせたシュートはゴール右へと外れてしまった。
【いまも語り継がれる3文字】
試合後、この場面について柳沢が「急にボールが来たので」と振り返ったコメントは瞬く間に拡散。多くのファンの怒りを買うと同時に、インターネット上では「QBK」という不名誉なネットスラングとして嘲笑の対象となってしまい、いまもなお語り継がれている。
2001年のイタリア代表戦で決めたボレーシュートなど、その才能が非凡であったことは疑いようがない。
しかし、ここ一番での決定力不足という課題が大舞台で最悪の形で露呈してしまい、大会の「戦犯」として強烈なバッシングを浴びる結果となった。

