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世界に見つかった!? W杯後に海外クラブに渡った日本代表の5人

シリーズ:編集部フォーカス text by 編集部 photo by Getty Images

W杯後に海外クラブに渡った日本代表の5人
W杯後に海外クラブに渡った日本代表の5人【写真:Getty Images】



 FIFAワールドカップ(W杯)は世界中から熱い視線が注がれるフットボールの祭典だ。世界中が注目する同大会での活躍が移籍に繋がるケースも多く、W杯を経て世界に飛び出した日本人選手も多い。今回は、W杯終了後から半年以内に海外クラブへ移籍した選手を紹介する。[2/5ページ]

MF:中田英寿(なかた・ひでとし)

日本代表MF中田英寿
日本代表MF中田英寿【写真:Getty Images】


生年月日:1977年1月22日
最初のW杯出場:フランス大会(1998年)
当時の所属:ベルマーレ平塚(現・湘南ベルマーレ)
移籍先:ペルージャ(1998年7月)

【21歳で日本代表の中心に】

 日本サッカー界のレジェンドである中田英寿も、FIFAワールドカップ(W杯)がきっかけとなって海を渡っている。

 1997年5月に20歳で代表デビューを飾ると、翌年のフランスW杯に小野伸二(当時18歳)に次ぐ若さでメンバー入り。得点に絡む機会こそなかったが、グループリーグ3試合のすべてでフル出場した。

 背番号8を背負った若武者はトップ下のポジションで躍動。体をぶつけられても倒れないアスリート能力の高さと、視野の広さを活かした質の高い配球で何度も決定的なチャンスを演出した。



【当時の最高峰のリーグへ】

 世界を驚かせる活躍を披露した中田は、W杯を終えた直後の1998年7月にセリエAのペルージャへと完全移籍。当時、世界最高峰のリーグだったイタリアへと渡った。

 その後の活躍は伝説として語り継がれている。開幕戦で強豪ユヴェントス相手に2ゴールを決めると、移籍1年目からセリエAで2桁ゴールを達成。2000年夏に名門ローマへとステップアップを果たし、日本人史上初となるスクデットを獲得した。

 W杯からおよそ3年でイタリア王者に輝いた中田。フランスW杯のメンバーの全員が当時は国内組だったことを踏まえると、彼の海外挑戦は、日本サッカー界にとって歴史的な一歩だった。

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