
ガンバ大阪所属DF池谷銀姿郎【写真:Getty Images】
8月15日の明治安田J1リーグ第2節・水戸ホーリーホック戦、ハーフタイムに交代を告げられたガンバ大阪の池谷銀姿郎。前半のビルドアップミスが失点に絡み「仕方ない」と静かに受け入れた22歳は、筑波大学時代からの盟友・内野航太郎との再会も経験しつつ、次を見据えていた。(取材・文:藤江直人)[1/2ページ]
月額最安値で視聴するならDMM×DAZNホーダイ[PR]
明治安田J1リーグ第2節
水戸ホーリーホック 1-1 ガンバ大阪
水戸信用金庫スタジアム
痛恨のパスミスから失点、ハーフタイムで交代

水戸ホーリーホック対ガンバ大阪の模様【写真:Getty Images】
ビハインドを背負って迎えたハーフタイム。ロッカールームで待っていたのは非情な指示だった。
告げられたのは佐々木翔悟との交代。前半の間に怪我を負っていたわけではない。それでも巻き返しを図る後半の戦いを前にして、センターバック(CB)が交代させられる意味はどこにあったのか。
ガンバ大阪のルーキー、池谷銀姿郎の脳裏には「仕方ない」という思いが駆け巡っていた。
「間違いなく自分のプレーで試合を難しくしてしまったので。後半も何とかチームの力になろうと思っていましたけど、実際に失点に絡んでしまった。悔しいですけど……はい、仕方ないです」
クラブ史上で初めてJ1の舞台で戦う水戸ホーリーホックのホーム、水戸信用金庫スタジアムに乗り込んだ15日の明治安田J1リーグ第2節。両チームともに無得点で迎えた18分に悔やむシーンが訪れた。
水戸のキーパー西川幸之介が放ったロングフィードが、ガンバのバイタルエリアへと転がっていく。水戸の鳥海芳樹が猛然と追ってくる状況で、ガンバの左CB中谷進之介はバックパスを選択した。
ボールは18歳の新守護神、荒木琉偉を介して右CBの池谷へとわたる。フリーの状態でボールを受けた22歳はすぐに前を向いて、最終ラインからビルドアップしていこうと右足を振り抜いた。
「本当に致命的なミス」

先制ゴールを決めた水戸ホーリーホックの鳥海芳樹【写真:Getty Images】
「普通に前線の選手へグラウンダーのボールでつなごうとしたんですけど、そこでイージーなミスをしてしまった。本当に致命的なミスで、すぐに切り替えましたけど(対応が)難しかった」
ボールの行き先は味方ではなかった。右サイドバック岸本武流、右ボランチ安部柊斗、右サイドハーフ山下諒也のちょうど真ん中。プレスをかけようと前へ出てきた水戸の谷口海斗にわたってしまった。
突然のプレゼントパスを、新シーズンにオーストラリアのセントラルコースト・マリナーズから完全移籍で加入した谷口は慌てずにトラップ。対照的に前がかりになっていったガンバの選手たちが混乱をきたす。
谷口はすかさずプレスをかけた後も前線に残っていた鳥海へパス。シュートを打てる場所に、絶妙のワンタッチでボールを置いた鳥海がモーションに入る。中谷のスライディングタックルも間に合わない。
鳥海の左足から放たれたシュートが、ダイブした荒木の指先をかすめてゴールの右隅に突き刺さる。動揺もしていたからか。必死に自陣に戻っていった池谷は、鳥海の背中に追いつけなかった。
ホームのパナソニックスタジアム吹田に浦和レッズを迎えた、7日の開幕節に続いて先制点を奪われた。選手たちを集めて檄を飛ばした、キャプテンの中谷の言葉だけははっきりと覚えている。
明神智和監督が説明した交代の意図

ガンバ大阪を率いる明神智和監督【写真:Getty Images】
「『2失点目はないぞ』というところと、あとは『これで崩れる必要はまったくない』と」
チーム全員にかけているようで、その実は致命的なミスを犯した自分に向けられていると感じていた。切り替えようと、必死に前を向いた前半を戦い終えて戻ったロッカールームで交代を告げられた。
試合はエンドが変わった74分に、左コーナーキックを頭で押し込んだ中谷のゴールで追いつき、そのまま引き分けた。開幕連勝を逃した試合後の公式会見。ガンバの明神智和監督が池谷を代えた意図を説明した。
「池谷にミスがあった、というわけではなくて、より攻撃的にいきたかった。佐々木は左利きで左からの組み立てで非常にいいものをもっているので、右利きの中谷とともに相手を押し込んでいこう、と」
実際に佐々木が左CBに、中谷が右CBに回った後半。それまでは4本しか放てず、枠内に飛んだそれがゼロだったシュートが3倍の12本に増え、そのうちのひとつが水戸の牙城にようやく風穴を開けた。
7月のオーストリアキャンプ直前に、サウジアラビアのアル・イテハドに引き抜かれたイェンス・ヴィッシング監督に代わって急きょ就任した明神監督は「ミスは誰にでもあります」と池谷に言及した。
「もちろんミスから学ぶものもあると思いますし、力はある選手なので期待している。勝っても負けてもいろいろな状況から成長のために学んでいってほしいし、大事な選手だと思っています」
東京都で生まれ育った池谷は、中学進学とともに横浜FCのジュニアユースへ加入。ユースでも引き続きプレーしたものの、トップチームへの昇格は果たせず、高校卒業後は筑波大学へ進学した。