
バルセロナで花を咲かせられなかったカンテラ選手【写真:Getty Images】
ラ・リーガに所属するバルセロナは、世界屈指の育成組織『ラ・マシア』で数多くの若き才能を磨いてきた。メッシ、イニエスタ、ヤマルといったカンテラーノたちはピッチ上でクラブの哲学を体現している。一方、ラ・マシア産の逸材として高い期待を背負ってトップチームに辿り着いたものの、活躍することができずに他クラブへと去っていったカンテラ選手も多い。今回は、バルセロナで花を咲かせられなかったカンテラ選手を5人ピックアップして紹介する。※データは『Transfermarkt』を参照(9月5日時点)。[3/5ページ]
MF:チアゴ・アルカンタラ

チアゴ・アルカンタラ【写真:Getty Images】
生年月日:1991年4月11日
バルセロナ在籍期間:2004年7月1日~2013年7月14日
現所属クラブ:なし(現役引退)
【元ブラジル代表を父にもつサラブレット】
ブラジル代表で1994 FIFAワールドカップの優勝メンバーだったマジーニョを父に持つチアゴ・アルカンタラは、ラ・マシアで常に将来を嘱望されていた。
名将ジョゼップ・グアルディオラに見出され、2009年5月にはトップチームデビュー。そのままバルセロナの中盤を支える存在になるかと思われたが、ダイヤの原石をもってしてもあまりに高いチーム内競争の壁を打ち破ることはできなかった。
2011年7月にトップチームへ正式昇格を果たしたチアゴは、類まれな足元の技術と広い視野を活かしてバルセロナの中盤に新風を吹き込んだ。ボールタッチは非常に柔らかく繊細で、かつゴールに向かう力強いプレーもお手の物。背番号「11」は瞬く間にバルセロナの中盤の1ピースとなった。
【豪華すぎる中盤の中で存在感を示せず】
だが、チアゴがトップチームに在籍していた頃の中盤には、シャビ・エルナンデスやアンドレス・イニエスタといった絶対的な選手が君臨しており、チアゴはあくまで“1ピース”の域を出なかった。
2013年7月にはバイエルン・ミュンヘン(ドイツ)への完全移籍を決断。当時のバイエルンを率いていたのが恩師グアルディオラだったことも、チアゴのバルセロナ退団を後押しした。
ブンデスリーガ(ドイツ1部リーグ)を7回、UEFAチャンピオンズリーグ(CL)とFIFAクラブワールドカップを1回ずつ制覇するなど、チアゴのバイエルン時代はタイトルに彩られたものだった。
2020年9月に加入したリヴァプール(イングランド)では円熟味を増したプレーで『アンフィールド』のファンを魅了。度重なる怪我の影響もあり、2024年7月に現役引退を発表した。
バルセロナを退団してからより真価を発揮したチアゴだが、引退発表直後の同年7月17日にはバルセロナのコーチングスタッフとしてトレーニングに参加することが発表され、再び古巣とのリンクが生まれている。