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名参謀、必ずしも名将ならず。名指揮官の元右腕でダメダメだった監督5選

シリーズ:編集部フォーカス text by 編集部 photo by Getty Images


名指揮官の元右腕でダメダメだった監督5選【写真:Getty Images】



 サッカーの世界では、「名選手、必ずしも名監督ならず」という現象がしばしば起きる。選手と監督では求められる能力が大きく異なるからだ。では、監督を補佐するコーチはどうだろうか。名将のすぐそばで意思決定に関わる“名参謀”なら、監督としても成功しそうなものだが、現実はそう甘くない。今回は、名指揮官の右腕として高く評価されながら、監督としては結果を残せなかった5人を紹介する。※データは『Transfermarkt』を参照(9月15日時点)。[1/5ページ]

ブライアン・キッド

ブライアン・キッド
アレックス・ファーガソンの右腕を務めたブライアン・キッド【写真:Getty Images】



生年月日:1949年5月29日
アシスタントコーチを務めた監督:アレックス・ファーガソン(マンチェスター・ユナイテッド)
監督を務めたクラブ:ブラックバーン・ローヴァーズ
監督成績:公式戦45試合13勝18分14敗(勝率28.9%)

【“92年組”も認めた名参謀】

 かの名将アレックス・ファーガソンの右腕だったブライアン・キッドは、“コーチとしては”間違いなく優秀な人物だった。

 ただ、彼の目標はあくまでも監督としてチームを率いること。1998年12月にはブラックバーン・ローヴァーズの監督に就任し、悲願を叶えた名参謀だったが、夢のような時間はたった11カ月間しか続かなかった。

 キッドは、マンチェスター・ユナイテッドで7年間にわたりファーガソンのアシスタントコーチを務めた。

 名将からはもちろん、ライアン・ギグスやポール・スコールズ、ガリー・ネヴィルといった“92年組”のユース出身者たちからの信頼も厚く、彼らは口を揃えてキッドの指導が自分たちの成長に不可欠だったと語っている(2022年5月17日掲載/イギリスメディア『PLANET SPORT』)。

 ファーガソンのもとを巣立ったキッドは、ブラックバーンで監督としての成功を目指した。

「あまり長く放置しておくと後悔するし、後悔しながら死にたくない」(『PLANET SPORT』)と語ったことからも、当時のキッドの覚悟がうかがえる。



【監督行は不向きだった?】

 しかし、彼が率いた1998/99シーズンのブラックバーンはプレミアリーグで低迷。最終的には19位で降格が決定し、キッドは翌1999/00シーズン途中の1999年11月に解任された。

 アシスタントコーチの方が自分に向いていると悟ったキッドは、以後監督を引き受けることはなかった(暫定監督を除く)。

 名将を支える星のもとに生まれているのか、イングランド代表ではスヴェン=ゴラン・エリクソン、マンチェスター・シティではジョゼップ・グアルディオラの腹心として活躍。アシスタントコーチとしての才覚を存分に発揮した。

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