
あっけなく解任された日本の大物監督5人【写真:Getty Images】
5日、5シーズンにわたって東京ヴェルディを率いた城福浩監督の契約解除が発表された。同監督のように長期間にわたってチームを任される指揮官がいる一方で、結果を残せず短期間でその座を追われる監督も少なくない。また、「名選手、名監督にあらず」という言葉があるように、現役時代に優れた実績を残した選手が、指導者として同じような成功を収められるとは限らない。今回は、日本代表クラスの選手として活躍しながらも、監督としては大きな成功を収められなかった人物たちを紹介する。[1/5ページ]
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小倉隆史(元日本代表FW)

名古屋グランパス監督時代の小倉隆史【写真:Getty Images】
生年月日:1973年7月6日
主な監督歴:名古屋グランパス(2016)
【レフティーモンスター】
現役時代「レフティーモンスター」の異名をとった元日本代表FW小倉隆史だが、監督としては名声を高めることはできなかった。
1992年に名古屋グランパスへ加入した小倉は、オランダへのサッカー留学を経験したのち、1994年に名古屋へ復帰。
翌1995年には、アーセン・ヴェンゲル新監督の元で躍動し、セルビア代表FWドラガン・ストイコヴィッチと共に天皇杯優勝に貢献した。
順風満帆なキャリアを歩むかに思われたが、1996年に右足後十字靭帯断裂の大怪我を負ったことでその輝きを失うことになる。
同クラブでは最終的に公式戦112試合に出場して、29ゴールをあげる活躍を見せたが、この負傷以降は目立った数字を残すことができなかった。
【GM兼監督で古巣を率いるも…】
そんな小倉は、2015年6月にゼネラルマネージャー(GM)補佐として古巣・名古屋に復帰する。
そしてクラブが「改革元年」と位置付けた2016年には、「GM兼監督」という大役を任された。
が、この人事がクラブ史に残る大失敗を招く。
同年の名古屋は開幕からまずまずの滑り出しとなるが、5月から状況が暗転。
1stステージ第11節のヴィッセル神戸戦から勝てない時期が始まると、2ndステージ第9節まで白星なしという泥沼の状況に陥った。
この結果を受けて、小倉が「8月23日をもって休養する」ことがクラブから発表され、レフティーモンスターの監督挑戦はわずか7ヶ月で幕を閉じた。
その後、名古屋は後任のボスコ・ジュロヴスキー監督の元で勝ち点を積み重ねたが、時すでに遅し。
最終節・湘南ベルマーレ戦に敗れたことで、クラブ史上初となるJ2降格が決定した。