手倉森誠監督の覚悟――6年目を迎えるテグ流マネジメントの真髄(前編)

J1の昇降格争いをする立場から、優勝戦線に加わったべガルタ仙台。今年で監督就任6年目を迎えた手倉森誠監督はどのような哲学をもとにチームを作り上げてきたのか。また日本における監督の立場、現状とはどのようなものなのか。話を聞くため仙台に足を運んだ。

2013年09月19日(Thu)15時39分配信

text by 戸塚啓 photo Kenzaburo Matsuoka / editorial staff
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【後編はこちらから】 | 【サッカー批評58】掲載

人を動かすマネジメント

 日本人監督について……と切り出すと、手倉森誠は言葉をかぶせるように切り出した。

手倉森監督
手倉森誠監督【写真:編集部】

「このところずっと、外国人監督がJ1の優勝をさらっている。シーズン終了後のJリーグアウォーズへ行くたびに、また今年も外国人か、とずっと思ってきました」

 外国人監督の信用度が、高いレベルで安定しているのはなぜか。手倉森はいくつかの理由に思い当たった。日本人監督に比べるとドライな印象を与える采配が、支持されているのかもしれない。情実が絡みにくい外国人のほうが、扱いやすいのかもしれない。あるチーム関係者から、「日本人監督は切りにくいんだよね」と聞かされたこともある。

 やがて、手倉森は一つの思いに行き着く。タイトルを取らない限り、日本人の評価は変わっていかない。外国人監督にJ1が席巻されている流れを、阻止したい──。

 かつてのベガルタは、「外から来る人に頼るチーム作り」をしてきた。1度目のJ1昇格へ導いたのは、横浜F・マリノスや京都サンガを指揮した清水秀彦である。04年に手倉森がやってきてからも、ズデンコ・ベルデニック、都並敏史、ジョエル・サンタナと外部からの監督招聘が続いた。

「こういうチームを作りたいというビジョンに基づいて、監督を選んできたのか。選手を集めてきたのか。クラブがどういう問題を抱えているのか、どうやって対処すべきかの整理がついていたから、自分のなかではベガルタを率いる覚悟ができていました」

 監督就任1年目の2008年は、外国人選手を獲得しなかった。できなかった、と言ってもいい。資金的な問題を理由に、フロントから断念するように宣告されたのだ。

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