〔日本人、監督論〕城福浩『反骨心』【サッカー批評 issue58】

2012年12月14日(Fri)16時19分配信

text by 飯尾篤史 photo Kenzaburo Matsuoka
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きれいな言葉では監督の仕事は表せない

――信念を持って積み重ねていく過程において、結果が付いて来なくて苦しい時期もあったと思います。そうした状況だと揺らぐ選手も出てくると思うんですが、そんなとき、監督としてはどんなアプローチをするんですか、何か工夫したことは?

「アプローチとか工夫とか、そんなきれいな言葉は当てはまらないですよ。はらわたが煮えくり返るような想いもするし、一睡もできないことだって一度や二度じゃない。それでも翌日、練習場に立つときは『やっぱり俺はこの選手たちと理想を追い求めたい』という想いに切り替える。それを忍耐力と言うのか、信念を貫くと表現するのか……。いや、信念を貫くなんてきれいすぎるな。試合が終わり、ひと晩明けて練習場に向かうまでの間は、放送禁止用語で溢れています(苦笑)」

――それほどの葛藤があるんですね。

「ええ。試合後、ペットボトルを蹴っ飛ばすこともあるし、選手を罵倒することもある。でも、選手たちは翌日の練習で僕がどんな表情で何を言うか、ものすごく観察していますからね。選手というのは鏡で、僕が引きずっていると、選手も同じ状態になる。それは経験則です。だからまず、自分が前に進む姿勢を打ち出さなければならない。それこそが監督の給料の大半を占めると言ってもいいかもしれません」

――結果が伴わない頃には、「これではプロビンチアの象徴になれるとは思えませんが……」という厳しい追及もありました。

「そのときはムッとすることはありますが、基本的には批判は大歓迎なんです。というのも、僕はこれまで、降りかかってくるマイナスをエネルギーに変えてきたところがあるんです。例えば、プレシーズンに専門誌の補強診断でD判定を付けられました。それはJ1、J2含めて甲府だけだったんですけど、僕は『今に見てろよ』と自分を奮い立たせるんです。それは決して根に持つとか恨むのではなく、良い意味で。それに僕はFC東京時代、シーズン途中で解任になって、『今に見てろよ』と思っても、選手と一緒に戦えない、反論さえも許されない立場を味わったわけです。それを経験したら、想いを晴らす場にいられるだけで幸せなんですよ」

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