【育成大国ニッポンの作り方】香川真司の源泉をめぐる旅(前編)

2013年01月03日(Thu)15時15分配信

text by 安藤隆人 photo Kenzaburo Matsuoka
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小菊コーチの心を動かした勤勉さと高いセンス

「とにかく彼はサッカーが大好きだったことは、分かりやすいほど伝わってきた」

 当時、セレッソ大阪のスカウトを務めていた小菊昭雄氏はこう語る。小菊の選手を選ぶ目の基本はどこまで『サッカーが好きか』にあった。

 そんな小菊の目に、香川少年は光り輝く逸材として映った。当時、小菊は同じチームに所属していた3年生のGK丹野研太(現大分)の獲得に動いていた。そして、丹野を見に行くにつれて、1人の中学生に目を引かれるようになった。

「練習試合を見たのですが、真司は常にボールに絡んでいて、サッカーが大好きな印象を受けました。あとはもうセンスですよね。教えられない持ち方、ボールの受け方、さばき方、ヘッドアップをする姿勢。小さくて華奢な子でしたが、まずボールを取られませんでした」

 ピッチ上で常に動き回り、ボールを受けてからは1つひとつのプレーが正確で、無駄が無い。勤勉さとセンスを感じさせるプレーに、小菊は将来性を感じた。そして何より、サッカーが大好きなことが伝わってきたことで、彼への興味は日に日に強まっていった。

「常に動いてボールに関わるというプレースタイルが、まさしくオフ・ザ・ピッチにも出ていましたね。何かしらボールを触っていたし、音楽を聴きながらサッカー雑誌を見ていた。頭の中のサッカーを占める率が非常に高い印象を受けましたね」

 こうした周囲の目がある環境に身を置いた香川は、高校に進学すると、Jユースや強豪校ではなく、そのままみやぎバルセロナのユースに進み、さらに自らの武器に磨きをかけていった。

「当時のチームは全員が高い意識を持っていた。クラブ創設から立て続けに全国大会に出ていたので、全国で戦えるチームと目標を持っていた。わがままを許さない雰囲気だった。チームのコンセプトに合ったプレーをして、真司だけでなく、みんなが1対1で勝てないといけないという意識が高く、それをしたうえで試合に勝つというチームでした」(日下)

 決して香川だけのチームでなかったのも大きかった。ドリブルに特化し、もし彼のワンマンチームになっていたら、もしかすると単なるエゴイストな選手になっていたかもしれない。しかし、全員技術があり、ドリブルだけでなく効率的にパスを織り交ぜながら試合を展開していくチームだったがゆえに、彼の献身性、運動量の質は磨かれていった。

 そして、彼の運命を変える1年が訪れる。彼が高校2年時の8月の仙台カップ。この大会に、香川は東北選抜の一員として参加。そこでU-18の日本代表、ブラジル代表、クロアチア代表を相手に、光り輝くプレーを披露したのだ。

【後編に続く】

初出:サッカー批評issue57

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