「日本人らしいサッカー」とは何か?(その1)

オシム、岡田武史が目指した日本人らしいサッカーの先に何が見えたのか? そもそも日本人らしいサッカーとは何なのか? 今改めて問いたい。我々はどんなサッカーを求め、何を目指すのか、と。

2013年03月29日(Fri)7時31分配信

text by 西部謙司 photo Kenzaburo Matsuoka
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その国“らしい”サッカーとは?

 日本人らしいサッカーとは何か? 今回、編集部から投げかけられたこのテーマには、2つの前提が含まれているように思う。

 第一に、「日本人らしいサッカー」はまだない。または、よくわかっていない。

 第二に、「日本人らしいサッカー」を追求することが日本代表の強化につながる。

 第一の前提については、そうかもしれないとも思うが、そうでないところもある。第二の前提については、むしろ「日本人らしいサッカー」の追求は強化につながらないというのが僕の意見である。

「日本人らしいサッカー」とは何か?
【写真:山田一仁】

 ではまず、日本人らしいサッカーというときの「日本人らしさ」について考えてみたい。

 我々日本人は「日本人らしさ」について、ふだんはあまり意識していないかもしれないが、意識するしないにかかわらず、もうすでにそれは“ある”のではないか。

 ブラジルのサッカーを見ると、いかにもブラジルらしいと感じる。南アフリカW杯のブラジルは、「どこかブラジルらしくないなあ」と言ったりする。これは“ブラジルらしいサッカー”というイメージがあるからだ。南アフリカW杯で優勝したスペインは、スペインらしいサッカーを貫いたといわれる。ドイツは従来のドイツらしいチームから、いい意味で変わったといわれる。

 では、南アフリカでのスロバキア代表は、スロバキアらしいサッカーをしていただろうか。アルジェリアはどうだろう。スロベニアはスロベニアらしかっただろうか。

 明快に答えられる人もいるかもしれないが、読者の多くは「わからない」だろうと思う。スロバキアやスロベニアが“らしかった”かどうかの前に、スロバキアらしいサッカーやスロベニアらしいサッカーというもののイメージがないと答えられないからだ。

 あまり情報のない国のサッカーが“らしい”かどうかなど、よくわからない。ブラジルらしさやイタリアらしさについてはイメージが浮かぶが、有名でなかったり情報が少ない国のサッカーには“らしさ”があるのかどうかさえ判然としない。

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