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ブラジル時代のカズを追って ~サッカー王国での7年半を知る人々の回想録~(中編)

15歳でブラジルへ渡った三浦知良。様々な困難に直面しながら現地で約7年半プレーを続け、サッカー王国も認めるトップレベルの選手に成長した。カズの原点であるブラジル時代とはどのようなものだったのか? 当時を知る人々の話をもとに振り返る。

text by 沢田啓明 photo by Hiroaki Sawada

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「名門サントスでプレーするには、まだまだ未熟だった」――評論家ジュッカ・キフーリ

 1985年11月、18歳のカズはキンゼ・デ・ジャウーからサントスへ移り、国内のユース年代で最も重要な大会であるタッサ・サンパウロ(サンパウロ・カップ)に左ウイングとして出場して活躍した。これが認められて、19歳になる2日前の1986年2月24日、サントスとプロ契約を結ぶ。

 サントスは、サンパウロの南南東約70キロに位置する港町に本拠を置くクラブだ。1912年に創設され、「サッカーの王様」ペレらを擁して60年代に2度クラブ世界一に輝いて黄金代を築いた。

 1986年当時もドゥンガ、セザール・サンパウオら錚々たるメンバーが顔を揃え、左ウイングのレギュラーは元ブラジル代表の名手ゼ・セルジオ。なかなか出番がない。ゼ・セルジオが故障したことでようやく先発出場のチャンスをもらったが、極度の緊張からボールが足に付かない。

 ドリブル突破を試みても簡単に相手にボールを奪われてしまうなど、散々な出来だった。後半開始早々に交替させられ、サントス・ファンから痛烈なブーイングを浴びた。メディアからの評価も最低ランクだった。

 この試合を観戦したサッカー専門誌「プラカール」のジュッカ・キフーリ編集長(当時。現在は評論家)は、次のように語る。

「当時のカズは、まだ経験が不足していた。技術的にいいものを持っていたのかもしれないが、それを見せることはできなかった。名門サントスでプレーするには未熟だったと言わざるをえないだろう」

 結局、サントスに在籍していた半年間、カズは2試合に出場しただけだった。

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