サンフレッチェ広島のブレないマネジメントに迫る。“予算中位”でなぜ結果を出せるのか?

2014年05月01日(Thu)7時30分配信

text by 中野和也 photo Kenzaburo Matsuoka ,Yasuhiro Suzuki
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カウンターからパスサッカーへ変革目指すも、低予算故の苦難に直面

 2001年、クラブはそれまでの「堅守カウンター」を捨て、新しいスタイルを模索した。「相手に合わせたサッカーでは発展はない。磐田のように主導権を握って攻撃を組み立てるサッカーを目指したい」。当時の織田秀和強化部長の口癖である。

 方向転換の鍵は、ヴァレリー・ニポムニシという指揮官の招請だった。イタリアW杯でカメルーンをベスト8に導き、韓国でも「ニポサッカー」と呼ばれる華麗なパスサッカーを披露した名将なら、スタイル変換という大きなミッションも成功に導いてくれると期待した。

 確かに就任1年目の戦績は、勝点37で61得点60失点。前年と比較すると勝点は同じだが得点で21点、失点も20点の増加。特別な補強もない状況で、攻撃的なチームに劇的に変化した。

 だが指揮官はその年、中国リーグの山東魯能に巨額の年俸と好待遇を提示されて移籍。彼の紹介で後任に据えたガジ・ガジエフは、前任者とは全く違うフィジカル優先のスタイルだった。

 半年で監督を交代させたものの混乱を収拾することはできずにJ2降格を余儀なくされ、久保竜彦や藤本主税ら日本代表選手も移籍を決断した。予算が潤沢であれば監督の移籍も阻めたし、降格も主力の移籍もなかったはずだった。

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