福西崇史が回想する06年W杯「ヒデとの口論はただの意見交換。マスコミが喧嘩って書いただけ」

2014年06月11日(Wed)11時16分配信

text by 原田大輔 photo Getty Images , Kenzaburo Matsuoka
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「W杯が終わった後も、ずっと……チームって難しいなって」

――福西さんはその状況にどういう気持ちでいたのですか?

福西崇史が回想する06年W杯「ヒデとの口論はただの意見交換。マスコミが喧嘩って書いただけ」
当時を語る福西崇史氏【写真:松岡健三郎】

「やっぱり、チームとしての方向性をみんなで統一しない限り、持てる力は発揮できないということですよね。あの時のチームにはうまい選手がたくさんいた。クロアチア戦に向けても、基本となるチームのベースはあったけれど、どう戦うかという方向性が見えないまま試合に入ったところもあった。

 個人的には、もう勝たなきゃいけないわけだから、点を取りに行きたかったんです。だから、僕は(ニコ・)クラニツァールのマークだったんですけど、多少、リスキーなことをしたんですよね。

 彼がキーマンだから、その彼からボールを奪えれば、主導権を握れると考えていたんです。クラニツァールがうまくて、かわされるシーンもあって、そうしたプレーがジーコ監督にとっては嫌だったんでしょうね。だから、ハーフタイムに交代になったんだと思います」

――第3戦でブラジルに敗れて、敗退が決まった時に思ったことは?

「チームって難しいなって痛感しましたね。このチームは実力で言えば、今までにないくらい経験があったし、個人の能力も高かった。でも、それを一つにまとめることが本当に難しかった。所属クラブの磐田では、先輩たちがたくさんいて、若手の時はチームのことを考えなくても、名波(浩)さんや中山さんたちが導いてくれた。

 その彼らから引き継ぐ形で、ちょうどW杯の前年ですかね。2005年にキャプテンを任されたんですよね。それで、チームについても考えはじめるようになった時期でもあった。だからこそ、W杯が終わった後も、ずっと……チームって難しいなって。実力があっても、その力をチームとして発揮するのは簡単じゃないって思い続けていましたね」

――それまでのW杯とは異なり、2006年W杯はいわゆるベテラン枠というか、精神的支柱となる選手がいなかったことも影響しましたか?

「ベテラン枠については、僕は必要派です。2006年の時も、たとえ強制的だったとしても、チームを一つにする方向指示器のような存在がいれば、よかったと思う。サブも含めたチームのモチベーションを保つことも含めて」

【了】

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