Home » サッカーを論ずる » ハレ舞台としての選手権。リーグ戦文化が育った現代だからこそ持つ意味とは? » Page 3

ハレ舞台としての選手権。リーグ戦文化が育った現代だからこそ持つ意味とは?

2014年12月27日(土)10時00分配信

text by 大島和人 photo Kawabata Akihiko
タグ: , , ,

挑戦者メンタルが波乱を呼ぶ

 私が目の当たりにした中で、特に驚かされた快進撃は12年度の鵬翔高だ。1回戦、2回戦ともスコアレスからのPK戦で“その先の快進撃”を予感させる要素はほぼ皆無だった。しかしそんなチームが3回戦で佐野日大、準々決勝で立正大淞南を退け、優勝まで突っ走っていってしまったのである。もちろん相応にグッドチームだったし、特に守備は出色だったが、3回戦以降は言ったらどの試合も“番狂わせ”だった。最初がギリギリだったからこそ、選手たちは突き抜けて怖いもの知らずになり、気付くと“ゾーン”に入っていた。

 選手権には“負けたら終わり”の悲劇性と同時に、“負けてもゼロになるだけ”という気持ちの入れ方もある。そんな大会だから恐れ知らずの、挑戦者メンタルを持ったチームが有利になる。それがトーナメント戦の醍醐味であり、特徴ではないだろうか。

【了】

フットボールチャンネルfacebookはこちら→
フットボールチャンネルTwitterはこちら→

関連リンク

【選手権開幕目前。高校サッカーを巡る6つの風景】選手権3回戦には“魔物“がいる。重なる偶然、奇跡の敗北、青森山田は悪夢のジンクスを破れるか!?:岐阜のユース教授・安藤隆人(J論)
【選手権開幕目前。高校サッカーを巡る6つの風景】京都橘、土のグラウンドに見えた風と温度と男の背中:古都の超奇人・森田将義(J論)
【J論・一意専心コラム】一番伸びた38歳。甲府FW盛田剛平が示した価値と、日本サッカーの眠れる可能性:博識の党首・大島和人(J論)
J論とは?

j-ron_banner2

1 2 3

新着記事

↑top