功労者・二川孝広の突然の移籍。困惑するファン、葛藤したG大阪、そして決断した背番号10

6月末、G大阪のレジェントである二川孝広の東京ヴェルディへの移籍が発表された。出場機会は減っていたものの、功労者である二川の移籍はファンに大きな衝撃を与えた。アカデミー出身で、天才的なパスセンスでファンを魅了してきた背番号10は突如クラブを去った背景には何があるのか?(取材・文:下薗昌記)

2016年07月05日(Tue)10時42分配信

text by 下薗昌記 photo Getty Images
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G大阪アカデミーの最高傑作・二川の移籍。ファンに衝撃

二川孝広
6月28日に東京ヴェルディへの期限付き移籍が発表された二川孝広【写真:Getty Images】

 ガンバ大阪U-23が長野と対戦した7月3日。キックオフ前のゴール裏に、まるで的外れな横断幕が掲げられていた。

〈功労者を大切に出来ないクラブに未来はあるのか?〉

 クラブ側とのやり取りの結果、キックオフ時には姿を消していた横断幕のメッセージが意味した「功労者」とは6月28日に東京ヴェルディへの期限付き移籍が発表された二川孝広である。

 宇佐美貴史がガンバ大阪でのラストマッチを終え、盛大なお別れセレモニーで送り出されたわずか3日後に発表された二川の期限付き移籍は、多くのサポーターにとって衝撃的なものだった。

 移籍が発表された翌日の29日午前、市立吹田サッカースタジアム内で急遽行われたファンサービスに詰めかけたサポーターは実に400人。「本当にありがたいですし、それだけ応援してくれたんだなっていう感謝の気持ちでいっぱいです」と二川はサポーターへの思いを口にしたが、その実績を考えればサポーターのリアクションは当然だった。

 宮本恒靖や稲本潤一、宇佐美ら数々のスター選手を生み出して来たガンバ大阪のアカデミーではあるが、考えようにとっては「最高傑作」と称するに相応しい男が二川という希代のパサーだった。

 1999年にトップチームに昇格。クラブ一筋のサッカー人生を送って来ただけでなく、2003年からは背番号10を託され、13年半、エースナンバーに相応しい活躍を見せて来た。

「黄金の中盤」と称されて来た全盛期のパスサッカーでは遠藤が理詰めのパスで、ボールを動かすとバイタルエリアでキュッと前を向き、一撃必殺のスルーパスを供給。当時、ポルトガル語通訳は「まず、フタ(二川)と仲良くなれ」と新加入のブラジル人選手にはアドバイスを送るほど、二川が果たしていた役割は大きかったのだ。

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