現役ブラジル代表主将にして、磐田に加入したドゥンガ。危機感不足に驚いたJリーグ時代【フットボールと言葉】

2016年08月03日(Wed)11時19分配信

シリーズ:フットボールと言葉
text by 竹澤哲 photo Getty Images
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必然のブラジル代表復帰

 大会後、チームの要であったドゥンガは、この敗退の戦犯とされ、大きな批判にさらされることになる。

 大会後ラザローニ監督は、当時ドゥンガが在籍していたイタリアのフィオレンティーナの監督となった。そこで、批判にさらされているドゥンガを慰めるように話したという。

「私が君を代表に招集したのは、高い技術力と戦術においてのポジショニングの良さ、さらにピッチ上で、常にガッラ(強い気持ち、闘志)を常に示してくれたからだ。だから遅かれ早かれ君は再び代表に呼ばれるだろう」

 そして実際、そのとおりとなった。

 パレイラ監督によって代表に呼ばれたドゥンガはそのチャンスを活かし、そして再びメンバーとして定着することになる。

 94年大会のセレソンにはドゥンガを始め、リカルド・ゴメス、タファレル、ロマーリオ、ブランコと、90年イタリア大会に出て屈辱を味わった選手が何人か残っていた。彼らはチームの中でリーダーシップを発揮し、他の選手から「ジノサウルス(恐竜の意)」と呼ばれリスペクトされていた。

 これまでドゥンガに何度かインタビューをしたことがあるが、94年のセレソンについて話を聞いたことがある。

「90年のセレソンはタレントがあり、また経験のある選手たちも多かった。優勝に対する強い欲求は全員にあったけど、それは個々がそれぞれ願っていただけに過ぎず、チームとして統一されたプランはなかったんだ。結果を出せなかった僕ら90年組に対する非難はものすごく大きかった。それだけに94年には同じ過ちを繰り返したくないっていう気持ちが強かったんだ」

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