なぜ川島永嗣が必要なのか? ハリルJ再生を託された“第3GK”の使命

2016年10月04日(火)10時50分配信

text by 元川悦子 photo Getty Images , Editorial Staff
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難しい立場の第3GK。過去の川口も苦労

 とはいえ、現状では第3GKからのスタートを余儀なくされるのは確か。第3GKというのは、出場可能性が極めて少ない中、率先して仲間たちに声をかけ、チームを積極的に統率するという極めて難しい役割を担わなければならない。

 過去の歴史を見ても、98年フランスW杯の小島伸幸(現解説者)、2006年ドイツW杯の土肥洋一(東京ヴェルディGKコーチ)、2010年南アフリカW杯の川口能活(相模原)がその立場を経験している。

 とりわけ難しかったのが川口だ。岡田武史監督(現FC今治)から直々の要請を受け、ケガが癒えていない中、キャプテンの重責を担ったが、大会直前の日韓戦で完敗を喫するなどチーム状態が急降下。

 ゲームキャプテンが中澤佑二(横浜)から長谷部に代わり、リーダーが3人もいるという複雑な状況に直面することになった。長谷部は「本当のキャプテンは能活さんであり、佑二さんですから」と気を使い続けたが、川口はそんな後輩の最大級のリスペクトを受け入れたうえで、チームを懸命に統率。

 直前合宿地・サースフェーでは選手ミーティングで話し合った守備的戦術へのシフトを指揮官に進言。大会中には試合に出たい思いを封印し、ピッチで戦う後輩たちを力強く鼓舞し続けた。

 こうした激励を背にピッチに立ち、ベスト16入りの原動力となった川島には、川口の苦労、控えに回った楢崎正剛(名古屋)の姿が脳裏に焼きついているに違いない。

「能活さんもナラさんもそうだけど、日本代表の偉大な先輩たちを見てきて自分自身、彼らに今でも追いつきたいと思っているし、一緒にやらせてもらった時も学ぶことが多かった。自分が今、こういう立場になって、改めて2人の経験の大きさを感じることもあります。そういう先人に学び続けて、やっていきたい」と彼は語る。

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