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Jリーグ 7年前

松本山雅、飯田真輝が辿りついた約束の場所「心と身体に松本がなじんでいきました」【The Turning Point】

シリーズ:The Turning Point text by 海江田哲朗 photo by Tetsuro Kaieda, Getty Images

開幕前には、外に出すつもりはないと聞かされていた

――そして3年目の2010年、川勝体制がスタートします。

「ケツさん(川勝さんの愛称)と一緒にやるのは楽しかったですよ。リアリストで、自分の頭で描くサッカーを人に伝えるのが上手い。指導法やコミュニケーションの取り方も面白かった。『おれの考えはこうだ。文句があるなら言ってみろ。全部論破してやるから』と。そこで学んだことは、自分のなかで生きていると思います」

――でも、試合では一向に使ってもらえず。

「いまとなってはいい経験ですが、その頃は試合で計算されているトップの選手とそれ以外の選手が完全に分けられていたんです」

――一方はサテライトのような形でしたね。京王よみうりランド駅のほうにある、長い石段を走りに行ったりしていた。

「そうそう」

――あれ、しんどかったでしょう。

「午前練、自分たちはフィジカルのトレーニングで、トップと合流する午後練、こっちもフィジカルだから一緒にやるぞと。『おれら、さっきやったのにマジですか?』ということはありましたけど、真面目な選手がいたおかげで助かりましたね。

 向慎一(奈良クラブ)や塗師亮(東京ヴェルディ普及コーチ)がいたのはよかったな。がんばっていれば、いつかいいことあるよと前向きに取り組めた」

――で、話は冒頭の移籍の経緯に戻ります。動きがあったのは、その年の夏です。

「開幕前の話し合いでは、外に出すつもりはないという考えを聞かされていたんです。ところが、夏頃になってクラブの人から『JFLの松本山雅からオファーがあるから話を聞いてこい』と言われ、加藤善之さん(松本山雅ゼネラルマネージャー・副社長)と会うことに」

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