横浜F、“最後”の天皇杯制覇の舞台裏。「伝説」につながる一言を発した若手FW【フリューゲルスの悲劇:20年目の真実】

2017年02月14日(Tue)10時39分配信

シリーズ:フリューゲルスの悲劇:20年目の真実
text by 宇都宮徹壱 photo Tetsuichi Utsunomiya, Getty Images
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横浜Fを選んだ理由。前園と現役ブラジル代表の存在

 出身は静岡の焼津です。小学校6年の時、静学(静岡学園高校)のスカウトが来てくれて、その時に初めて練習を見学させてもらったんです。それまでの自分のサッカーのイメージが覆されましたね。まずテクニックがあって、ボールを持ったら何でもできる。まだJリーグはなかったので、静学でプレーすることが当時の僕の夢でした。念願かなって、静学に入学したのが93年。まさにJリーグ元年でしたね。

 高3の(全国高校サッカー)選手権はよく覚えていますよ。準決勝の相手が東福岡。向こうには、小島宏美、山下芳輝、古賀(正紘)、1年には本山(雅志)がいたのかな。すごいメンバーでしたよね。結局、1?1からPK戦で勝ったんだけど、僕はそこで膝を怪我しちゃったんですよ。

 鹿実(鹿児島実業高校)との決勝、絶対に出たくて痛み止めの座薬を入れたりしたんですけど、監督(井田勝通)からは「お前は将来があるから、絶対に使わない」と言われて。当時、決勝はPK戦がなくて2-2で両校優勝になったんですけど、あまり嬉しくなかったのを覚えています。

(卒業後)フリューゲルス入りを決めた理由ですか? 1コ上の久保山(由清)さんがいたのは大きかったですね。もうひとり、ほとんど試合には出られませんでしたが、DFの大石(信幸)さんも静学の先輩でいました。でも一番大きかったのは、ゾノ(前園真聖)さんの存在。(アトランタ)五輪予選でも活躍していましたし。

 あとブラジル代表が多かったこと。エバイール、サンパイオ、ジーニョという、バリバリの現役セレソンがいましたよね。静学もブラジルのスタイルだったので、そういうのも選んだ理由でした。

 ただ、残念ながら彼らとはあまり一緒に練習はできなかったです。入団前に靭帯をやってしまっていて、リハビリしながら時々練習という感じだったので。

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