ハリル氏は「軍曹」にあらず。周囲の人々が語る知られざる素顔と、解任理由への違和感

2018年04月11日(Wed)16時04分配信

text by 小川由紀子 photo Getty Images
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ハンパない厳しさの裏側で見せたフェアな人格

 ハリルホジッチ氏のもとでプロデビューし現在はテレビ解説者として活躍中のベノワ・シェイルーも同意見だ。

「もちろん反対分子はいた。けれど結果が出てくればメッセージはより伝わりやすくなる。それに彼自身が選手時代にハイレベルで活躍していたことでも、十分に説得力はあった」

 毎日の練習で200%の集中力を要求されるのは心身ともに相当ハードだったが、目に見えて勝利試合数が増え、順位が上がると、おのずとチームの士気は上がった。

当時のハリルホジッチ氏の口癖は、「たとえマラドーナでも、調子を落とせば容赦なく外す」だったという。

 2014年のブラジルワールドカップのアルジェリア代表でも、チームの支柱だったキャプテンのマジッド・ブーゲラを3戦目からすっぱり外して戦ったが、「ハリルホジッチ監督の選手選考はいつもみなが納得いくものだった。スター選手であっても容赦しないフェアなところを選手は信頼していた」とシェイルーは言う。

 ただし厳しさもハンパなかった。

 シェイルーはミーティングに、”フランスでは遅刻のうちに入らない3分”遅れただけで、ミーティングルームのドアをロックされ、その後1ヶ月試合に出してもらえなかったというし、シガンも、途中交代で入った試合で、監督の指示に従わなかったらやはり1ヶ月干されたことがあったらしい。

 それでも彼らは「ハリルホジッチ監督なしに自分のキャリアはなかった。彼には借りがある」と絶大な恩義を感じている。

 リール時代のハリルホジッチ氏はクラブ幹部との仲も良好だった。彼を監督に招聘した当時の技術部長は、「要求は厳しいが、決して難しい人ではない」と語り、「敗戦の責任はすべて自分が負うフェアな人だった」と述懐する。

 また会長だったベルナール・ルコント氏も、「彼はチームの運営面には立ち入らない。私はスポーツ面には干渉しない。この住み分けをきっちりしている限り、彼とのトラブルは一切なかった。実際彼とは良い思い出しかない」と当時を懐かしむ。

 フェアな人、という意見には個人的にも賛成だ。

 サッカー関係者は、電話をかけてもひとまず留守電にして、残されたメッセージを聞いてから、受けるかどうか判断する人が多いが、ヴァイッドさんはめずらしく、(今現在のような渦中を除いては)居留守など使わずに電話に出てくれていた。

 日本代表監督に正式に就任したあとは「取材に関しては協会が管理するのでもう個別には電話で対応はできませんので悪しからず」とご丁寧に説明してくれるような人だった。前に空港で話しかけたときも実に紳士的な対応で、こちらも仕事なのだから、と理解しリスペクトしてくれる姿はとても律儀に映った。

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