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代表 6年前

よみがえる虎、ファルカオ。プロデビューは13歳、コロンビアのエースが悲願のW杯へ【ロシアW杯】

text by 北澤豊雄 photo by Getty Images, Toyoo Kitazawa

13歳でプロデビュー。人格形成を促した少年時代の環境

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ファルカオが所属したフェアー・プレー現総監督のファン・パブロ・パロミノ(左)と練習場の風景(右)。ボゴタ市内のアル・アンブル公園にて(2013年12月撮影)【写真:北澤豊雄】

 ファルカオは父の移籍に伴い5歳からの約5年間を隣国ベネズエラで過ごしている。サッカーと野球の両方に明け暮れ、野球のポジションはピッチャーとショートだった。10歳のときにコロンビアの首都ボゴタに移住し、フェアー・プレーという少年サッカークラブに入団。

 提携先に当時コロンビアの2部リーグに所属したランセーロズ・ボヤカというプロクラブがあり、非凡な才能を持っていたファルカオは子供ながら後者のクラブにも所属している。フェアー・プレーの現監督、ファン・パブロが話す。

「ファルカオのプロデビューは13歳のときだ。今の彼はサッカー選手としてはそれほど身長は大きくないけど、当時は成長が早かったせいか大きくてね。それ以上にプレーが大人びいていて冷静だった。大人に混じって試合に出ていても遜色ないんだよ。コロンビアのプロ選手は17歳からだけど、当時は今ほど規定もうるさくなかったし、2部ということもあって試合に出ていたんだ。シュートもドリブルもとにかく物が違った」

 フェアー・プレーは当時も今もサッカーだけでなく、人間形成の教育にも力を入れているという。

「汚い言葉を使ったりするとコーチや監督に怒られる。挨拶ももちろん大事。人間関係において相手を敬うことも叩き込まれる。サッカーだけではないクラブです」

 マスコミ対応などピッチの外での言動がいつも冷静なのは、フェアー・プレーで過ごした日々が原点になっているのだろう。読書家で敬虔なクリスチャンで英語も話せるファルカオは、コロンビアの大統領選挙の際には立候補していないにもかかわらず票が入ってしまうほどだ。

 その後、アルゼンチンのリーベル・プレート、ポルトガルのポルトを経て2011年、スペインのアトレティコ・マドリーに乗り込むとゴールハンターとしての資質が一気に覚醒した。

 リーグ戦で2年連続20点以上を叩き出し、クリスティアーノ・ロナウド、リオネル・メッシらと得点王を争うストライカーになっていった。2012/13シーズンのラ・リーガ第15節のデポルティボ・ラ・コルーニャ戦では1試合で5得点を決めて100年以上の歴史を誇るクラブの新記録を打ち出してもいる。コロンビア代表のエースとしても確固たる地位を築き、母国の期待を一身に背負って16年ぶりのワールドカップ出場に導いた。世界最高のストライカーと呼称されたのは、その頃だ。

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