なでしこジャパンは2011年の日本そのものだった。空前のブーム、2人の10番が見たその後【日本代表平成の激闘史(12)】

2019年05月27日(Mon)10時00分配信

シリーズ:日本代表平成の激闘史
text by 青木務 photo Getty Images
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優勝、銀メダル、準優勝

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阪口夢穂【写真:Getty Images】

 完成されたチームは翌年のロンドン五輪で銀メダルを獲得し、2015年のワールドカップでも準優勝を果たす。文字通り世界屈指の強豪として対戦相手から恐れられ、尊敬された。

「びっくりですよね」

 いずれの大会もボランチとして攻守に貢献した阪口は、さっぱりとした様子で振り返っている。世界一を争うという、誰にでもできるわけではない経験を彼女なりに吸収した末の姿だったように感じる。

「実力だけでなく運とかもあったと思います。それも含めて実力なんでしょうけどね。ただ、凄いことだけど(ロンドン五輪や15年のワールドカップ)は準優勝かよ、という感じで。決勝に行ったら優勝したい気持ちはあったから。試合が終わった時に負けているわけですから、決勝に行った喜びよりも悔しさの方が大きかった。でも3大会連続で決勝進出しているのは凄いなとも思うし…よくわからない気持ちです」

 なでしこジャパンは、主要国際大会で立て続けにファイナリストとなった。11年のワールドカップ制覇を機に、国内のなでしこリーグの観客が激増し、15年ワールドカップの後には宮間が「女子サッカーを文化に」と想いを述べたが、そこに到達したとは言い難い。

 阪口に話を聞いたのは3年ほど前だったが、当時こんなことも語っていた。

「なくてはならないもの、ではなさそうですよね。注目され続けることはとても難しいことなんだなと痛感します。観客の数とかで比例していますから。本当にブームの時は多くの人が来ましたし、興味が薄れてきたら減ってしまう。そういうのは一つの目安ですね」

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