三浦知良、震災復興へ「みんなの気持ちがひとつになったゴール」。カズが抱いた試合前の葛藤と復興への想い【私が見た平成の名勝負(6)】

国内外で数多の名勝負が繰り広げられた約30年間の平成時代。そこで、フットボールチャンネルは、各ライターの強く印象に残る名勝負をそれぞれ綴ってもらう企画を実施。第6回は平成23(2011)年3月29日に行われた「東北地方太平洋沖地震復興支援チャリティーマッチ がんばろうニッポン!」の戦いを振り返る。(取材・文:藤江直人)

2019年06月14日(Fri)10時20分配信

シリーズ:私が見た平成の名勝負
text by 藤江直人 photo Getty Images
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震災から18日後のチャリティーマッチ

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J2クラブ所属選手として唯一参加した三浦知良【写真:Getty Images】

 長居駅から梅田方面へ戻る大阪メトロ御堂筋線の車内で、上着の下に横浜FCのユニフォームを着込んだ若い男性サポーターがおもむろに立ち上がった。腰をくねらせ、軽やかにステップを踏みながら左手を股間のあたりにあて、右手の人さし指を天井へ突きあげて笑顔を浮かべる。

 興奮と感動が覚めなかったからか。直前に長居スタジアムのピッチで見たばかりのカズダンスを、男性サポーターは再現したくなったのだろう。周囲にいた友人たちから拍手が沸き起こり、そのなかの一人だった女性サポーターは「来てよかったね」とハンカチで目を押さえ始めた。

 平成23年3月29日の深夜。偶然出くわした光景を間近で見ながら、取材を終えてホテルへ戻ろうとしていたこちらの目頭まで熱くなった。いや、再び熱くなったと表現すべきだろうか。筆者自身も長居スタジアムの記者席で、いまにも決壊しそうな涙腺を必死にこらえていたからだ。

 東日本大震災の発生から18日後。モンテネグロ、ニュージーランド両代表と対戦する予定だったキリンチャレンジカップ2011が中止となったことを受けて、日本サッカー協会(JFA)とJリーグは「東北地方太平洋沖地震復興支援チャリティーマッチ がんばろうニッポン!」の開催を決めた。

 対戦したのは、イタリア人のアルベルト・ザッケローニ監督に率いられる日本代表とJリーグ TEAM AS ONE。形の上では練習試合となり、JFAに選手を拘束する権利が生じない。それでも、日本代表には総勢12人のヨーロッパ組が所属チームを説得し、1試合のためだけに帰国して大阪に集った。

長谷部誠が明かしたこの試合にかける思い

 対する TEAM AS ONEには、クラブハウスが半壊したベガルタ仙台の関口訓充や梁勇基、合流直前まで被災地を回っていた岩手県出身の小笠原満男ら20人が集結。そのなかには、唯一のJ2クラブ所属選手として三浦知良も含まれていた。

 キックオフ前に日本代表のキャプテン、長谷部誠はこの試合にかける思いを、神妙な表情を浮かべながら明かしている。

「僕たちがグラウンドで戦っているとき、いつも大きな力を与えてくれたのはファンやサポーターの皆さんの応援でした。世界中の皆さんと一緒に、今度は僕たちが皆さんを応援する番です。今日は日本の力、サッカーの力を示して、仲間と一緒に全力で気持ちを込めてプレーします」

 言葉通りに試合は白熱した。ファウルを厭わない球際の激しい攻防。全身全霊の真剣勝負を繰り広げてこそ日本中へ、そして被災地へ伝わるものがあるとばかりに、帰国後に体調を崩していた長友佑都や岡崎慎司らもピッチで躍動した。

 特に兵庫県宝塚市で生まれ育った岡崎は、平成7年1月17日に発生した阪神淡路大震災で被災した経験をもっていた。遠藤保仁のゴールで先制した直後の19分には、同じ1986年生まれの盟友、本田圭佑のアシストから追加点をゲット。試合後には思いの丈を言葉に込めた。

「阪神淡路大震災のときは断水もしたし、家の中もぐちゃぐちゃになった。そのときにいろいろな物資の提供を受けて、いろいろな人に支えられたからこそいまの自分がある。今度は僕たちが支える番。子どもたちのためにも、未来のためにも、自分に何ができるのかを考えてやっていきたい」

カズが抱いた葛藤

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3月11日に起きた東日本大震災の18日後に行われたチャリティーマッチ【写真:Getty Images】

 試合は日本代表が2点をリードしたまま、後半の戦いへと突入する。迎えた62分。約4万人で埋まったスタンドのボルテージが一気にあがった。TEAM AS ONEの佐藤寿人に代わって、カズが投入された瞬間だった。

「本当に大変な状況なので。正直、自分がプレーすることで何を伝えられるのか不安に思う」

 こう語るカズ自身、未曾有の大震災が残した爪痕を前に、心の片隅に葛藤を抱いていた。もっとも、チームが集合した3月27日に、抱えていた不安がちっぽけなものに思えてきたという。関口や梁、そして小笠原と会話を重ねていくなかで、闘志が高まってきたと試合後に笑顔で明かしている。

「小笠原は実際に現地に行っているし、かなりショックを受けたと思う。そういうことを聞いて、みんなでいろんなことをやっていきたいと思った。今回の災害があってサッカー界への期待が大きくなり、それでこんなに大勢のお客さんが集まってくれた。だからこそ、全力でプレーしなきゃいけない」

 有言実行と言うべきか。もって生まれた星があると言うべきか。試合が最も盛り上がりを見せ、アナウンスがかき消されるほどの大歓声が長居の夜空へ響きわたったのは82分。カズがゴールを決めた瞬間にペンを握った手が震え、メモを取るのもやっとだったことを思い出す。

「微力ながら日本中を明るくできたらいい」

 ペナルティーエリアの外まで歩を進めたGK川口能活が、得意のロングフィードを前線へ送る。標的はポジションをあげていたDF田中マルクス闘莉王。TEAM AS ONEを率いるドラガン・ストイコビッチ監督にフル出場を志願していた元日本代表は、マークにきた岩政大樹との空中戦に完勝する。

 ジャンプする直前の闘莉王と、アイコンタクトを成立させていたのか。やや後方にいたカズが、闘莉王が競り勝つことを信じて、岩政が上がったことでポッカリと空いたスペースへスプリントを駆ける。闘莉王の頭を経由したボールをカズが支配下に収めたときには、森脇良太、栗原勇蔵の両DFは、すでに体ひとつほど置き去りにされていた。

 飛び出してくるGK東口順昭の動きを冷静に見極め、ショートバウンドするボールをすくい上げるように右足でとらえる。緩やかなカーブ回転の軌道を描いた一撃は東口の頭の上を越し、無人のゴールへと吸い込まれていった。

 そのままゴール裏のスタンド前へ駆け抜け、十八番のゴールパフォーマンスでもあるカズダンスを舞った。あえて解禁した派手な立ち居振る舞いには、カズの恩返しの思いが込められていた。

「ちょっと迷いましたけど、気分が暗くなってはいけないと思って。ゴールもそうですけど、ゴールを決めた後のダンスを介して、微力ながら日本中を明るくできたらいいな、と。テレビのニュースなどで『おれたちは頑張ってやっているから、暗くならないでくれ』という被災者の方々からのメッセージを見て、逆に自分の方が勇気をもらっている部分もありました。そういう意味では、自分たちが元気でやっていかないといけない、という気持ちを抱きながらプレーしました」

「みんなの気持ちがひとつになったゴール」

0614%e5%be%a9%e8%88%88%e3%83%9e%e3%83%83%e3%83%810362分に途中出場した三浦知良は、82分にゴールを決めた【写真:Getty Images】

 千両役者の本領発揮。カズ自身もゴールに心を震わせていたのか。試合後の取材エリアとなるミックスゾーンで見せた表情は、涙をこらえているようにも映った。そして、当時44歳だった自らの年齢を引き合いに出しながら、被災地へ届けとばかりに熱きメッセージを捧げている。

「あまり年齢的なことは言いたくないけど、やっぱりどこに行っても『44歳だ』と言われる。僕はサッカーであきらめたことはないし、これからもあきらめたくはない、という思いを込めてピッチに立ち続けている。だからこそ、いま本当に苦しんでいる人たちにはあきらめてほしくない。大勢集まってくれたメディアの方々が、そういうニュースを届けてくれたら幸せです」

 日本中を勇気づけたゴールに、日本代表を率いたザッケローニ監督も粋な言葉で応えた。試合後の記者会見でこのコメントを聞いたとき、またもや涙腺が緩みそうになった。

「私はゴールを決められるのは大嫌いだが、私のキャリアのなかで相手に決められて嬉しかったのは、今日が初めてだ」

 日本テレビ系で生中継された一戦の平均視聴率は、関東地区で22.5%を記録。被災地である仙台地区では25.4%にはねあがり、瞬間最高視聴率では30.1%に達している。時間帯は75分以降で、おそらくはカズがゴールを決め、ダンスを披露し、主役を演じたことと大きく関係しているはずだ。

「ゴールを強く意識しすぎると、逆に硬くなるからね。チャンスが来たら、落ち着いていこうと思っていた。自分へのコールは聞こえていたし、ゴールを期待されているのもわかっていた。それに応えることで、ひとつの変化が起こればいいかな、と。みんなの気持ちがひとつになったゴールだったと思う」

 ホテルに戻ってカズの音声データを文字に起こし、原稿を書きながらまた泣けてきた。そして、時代が令和になったいま、あらためて驚かされることがある。平成23年のカズは、横浜FCの公式戦で無得点に終わっている。つまり、この年の唯一のゴールを日本中が注目する舞台で決めたことになる。日本サッカー界の黎明期をけん引した、スーパースターが起こした奇跡を感じずにはいられなかった。

(取材・文:藤江直人)

【了】

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