オシム氏にぶつけた“愚問”。「サッカーに哲学は必要だと思いますか?」【フットボールと哲学・前編】

発せられる言葉すべてが哲学的とも言えるイビチャ・オシム氏は、現在のサッカー界、そして日本サッカーをいかに俯瞰しているのか。〝フットボールと哲学〟というテーマの、8/6発売『フットボール批評 isuue25』から、一部を抜粋して発売に先駆けて前後編で公開する。今回は前編。(取材・文:木村元彦)

2019年08月02日(Fri)10時20分配信

text by 木村元彦 photo Dragana Spica
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日本サッカーの哲学を考えるきっかけとなった事件

イビチャ・オシム
元日本代表監督であるイビチャ・オシム氏【写真:Dragana Spica】

 愚問だろうなあ、と思いながらも訊いた。あなたのサッカー、あなたの言葉は常に哲学的でした、サッカーに哲学は必要だと思いますか? と。

 案の定、オシムは「何を今更?」というように少し脱力したような表情をし、それでもはぐらかすことなく真摯に問いに向き合ってくれた。

「哲学は人間にとってむしろありふれたものだ。人によっては生きていく上で何もかもを哲学にゆだねる人さえいる。ましてやサッカーには哲学が無ければならない。哲学の無いサッカーなどあるのだろうか」

 取材の意図を踏まえたあとは、一気呵成だった。チームが機能しないとき、監督はそれでも哲学や理想を貫くべきか、現実を見据えて変化させていくべきか、この二元論の問いにオシムはこう答えた。

「そんな単純なものではない。哲学は停滞しない。哲学がサッカーを作るが、頭でっかちになってもいけない。試合の中で起きた事件から哲学はまた導き出されるのだ。日本はW杯ロシア大会のベルギー戦で最後にカウンターでゴールを奪われた。そしてそれは日本サッカーの哲学を考えるきっかけになった。またきっかけにしなくてはならない。

 なぜああいうことが起こったのかを分析するのが、哲学に帰結するのだ。まずはピッチ上で起きた事件から議論が出る。議論が百出して、沸騰する。それを集約することが哲学になるのだ」

(取材・文:木村元彦)

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『フットボール批評issue25』

定価:本体1500円+税

今号は「哲学」をテーマにフットボールの最前線を探究する。
哲学なきフットボールは早晩淘汰されるものだが、哲学があるからといって勝てないのもまたフットボールだ。
テクノロジーや分析の進歩によって、ピッチ内外での情報戦は熾烈を極めている。監督や選手、審判の失態は瞬く間に暴かれてしまう。
そんな殺伐とした時代にあって、明確な哲学を感じさせるフットボールは何よりも尊い。
現実にただ流されていては面白くないと教えてくれるからだ。
今号ではそんなフットボールの荒波をしなやかに泳いでいく賢人たちの言葉に耳を傾ける。

詳細はこちらから

【了】

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