アーセナル、ベンゲル時代の戦術とは? 衝撃だったポゼッション、バルセロナとの違いも比較【ベンゲルVSアルテタ徹底比較・前編】

アーセナルを特集した9/7発売『フットボール批評issue29』から、戦術クラスタの最古参らいかーると氏がベンゲルとアルテタ両者が理想とする戦術の決定的違いに迫った『「爆発的なペース」が円環するアーセナルの戦術』を、発売に先駆けて一部抜粋して前後編で公開する。今回は前編。(文:らいかーると)

2020年08月26日(Wed)10時20分配信

text by らいかーると photo Getty Images
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「ボール支配による前進」と「爆発的なペース」

アーセン・ヴェンゲル
【写真:Getty Images】

 まずベンゲル時代のアーセナルについて考えていきたい。

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 世界中の人々が想像するアーセナルのイメージはベンゲル時代に培われたものだろう。インヴィンシブルズ時代、セスクと愉快な仲間たちの時代、エジル、カソルラを中心とする時代と、18年の歳月でベンゲルは多くの時代を作り出してきた。

 自分のチームをかつてこのようにベンゲルは評していた。「progression with possession」と、「explosive pace」だ。直訳すれば、「ボール支配による前進」と「爆発的なペース」となる。この2つの言葉は非常にベンゲルらしい印象として、18年の間、アーセナルに寄り添っていた。では、「ボール支配による前進」と「爆発的なペース」をもう少し具体的に探っていきたい。

「ボール支配による前進」は、今では多くのチームの選択肢になっている。つまり、ボールを保持しながら相手のラインを突破していくサッカーだ。平たく言えば、ポゼッションサッカーと言える。

 ベンゲルがアーセナルに来た時のプレミアリーグは、古き良きキックアンドラッシュを信条とするチームが多かった。それゆえに、ボールを繋いでいくサッカーの衝撃はかなりのものだったに違いない。無敗優勝に代表されるように、タイトルという結果を残していることも大きい。

 現代の視点から考えると、「ボール支配による前進」は、ボールを保持し、GKを使いながら、自陣の時間とスペースを前線の選手に供給するサッカー、というイメージがある。また、ボールを保持することが相手の攻撃機会を削ることに繋がるため、無理矢理前進することを避ける傾向にある。よって、どちらかのチームのボール保持時間が長くなり、トランジションが減っている。

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図1

 しかし、ベンゲルのサッカーは、「爆発的なペース」にも支えられていた。昔から比較されることの多かったバルセロナのサッカーが静的なポジショニングによるボール保持だとすれば、アーセナルのサッカーは、動的なポジショニングによるボール保持(図1)だった。

 メッシのゼロトップ、ブスケツのサリーダ・ラボルピアーナなど、静的なポジショニングとは、相手の位置に応じてポジショニングを変更する程度で大きな動きはあまりない、という意味である。当時のバルセロナは、現代で言えば、ポジショナルプレーをしていたといえるかもしれない。なお、当時の監督はこのあとでも登場するグアルディオラである。言わずもがな。

 動的なポジショニングとは、オフザボールの動きが頻発することを示している。ベンゲルのサッカーは、攻撃参加の機会が多い。味方にパスをしたら追い越さなければならない! という決まり事があるかのように前に走りまくる。

 当時のアーセナルのスペースへのフリーランニングを見ていて、スペースがなければ走ることで相手を動かしスペースを作ればいい、と学んだ記憶は今でも鮮明に残っている。多彩な動きが相手に判断を強制させ、ボール保持者には時間と空間を与えていた。

(文:らいかーると)

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『フットボール批評issue29』


定価:本体1500円+税

≪書籍概要≫
なぜ、あえて今アーセナルなのか。
あるアーセナル狂の英国人が「今すぐにでも隣からモウリーニョを呼んで守備を整理しろ」と大真面目に叫ぶほど、クラブは低迷期を迎えているにもかかわらず、である。
そのヒントはそれこそ、今に凝縮されている。
感染症を抑えながら経済を回す。世界は今、そんな無理難題に挑んでいる。
同じくアーセナル、特にアルセーヌ・ベンゲル時代のアーセナルは、一部から「うぶすぎる」と揶揄されながら、内容と結果を執拗に追い求めてきた。
そういった意味ではベンゲルが作り上げたアーセナルと今の世界は大いにリンクする。
ベンゲルが落とし込んだ理想にしどろもどろする今のアーセナルは、大袈裟に言えば社会の鏡のような気がしてならない。
だからこそ今、皮肉でもなんでもなく、ベンゲルの亡霊に苛まれてみるのも悪くない。
そして、アーセナルの未来を託されたミケル・アルテタは、ベンゲルの亡霊より遥かに大きなアーセナル信仰に対峙しなければならない。
ジョゼップ・グアルディオラの薫陶を受けたアーセナルに所縁のあるバスク人は、それこそ世界的信仰を直視するのか、それとも無視するのか。

“新アーセナル様式”の今後を追う。

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【了】

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